残酷な描写あり
R-15
第92話 『断れぬ頼み⁉』
二人を抱えて走りながら、アルマは空を見た。
メイランが来るとしたら、赤い月が高く昇った頃だからだ。
だが、見上げた空に、赤い月はまだ山から顔も出していなかった。
しばらく走ったあとで、トロルから充分に離れたことを確認したアルマは、応急処置をするために二人を下ろした。
傷の具合を確認すると、隊長は何か所も骨折をしていたが、治療をすれば助かりそうだった。
一方でイオキアは、おそらくトロルの蹴りを直撃で受けたのだろう、背中に酷い打撲痕があり骨格が見てわかるほど変形していた。
裂けた脇腹からは血がながれ続け、いくつかの内臓が潰されている可能性があった。アルマはすぐに、イオキアの治療にかかった。
――これは……、助からないかもしれない。
魔法をかけながら、アルマは思った。
もし助かったとしても、高度な魔法の治療を受けなければ、歩けないほどの後遺症が残ることは確実だった。
それでもアルマは、いまできる治療に専念した。
やがて腹の傷がふさがり出血は止まったが、アルマに傷ついた内臓を再生するような魔法は使えなかった。せめて、と思い《痛み止め》をかけると、イオキアの目がうっすらと開いた。
「アルマ……さん? ここは……?」と弱々しい声で訊く。
「怪我したお二人をトロルから離しました。痛みますか?」
「……彼女は?」
「怪我をしていますが無事ですよ。イオキアさんのおかげです」
「そうですか……ありがとう……ございます」
礼を言うイオキアの声は抑揚がなく、まるで力が感じ取れなかった。
「スペスさん……は?」
「いまは、トロルを足止めしています」
感情を出さないように、アルマは言った。
「そう……ですか。では私に……これ以上……の治療は……いり……ません」
「いま治療をやめたら、死んじゃいますよ!」
アルマは声を上げた。
たとえ最終的にそうなるとしても、今は治療をすべきだった。
「いいんです……、私は……助からない……でしょう」
「そんなこと言わないでください! 生きようとしてください!」
「すみ……ません」と言うイオキアの声が小さくなっていく。「もし……わがまま……聞いてもらえる……なら……さいご……彼女と、話を……させてくだ……い」
そう言われて、アルマは迷った。それでも結局、イオキアのその頼みを断ることはできなかった。
「わかりました……いま隊長さんを治しますから、すこしだけ待っていてください。まだ、いかないでくださいね」
声をかけてイオキアの治療をやめ、すぐに隊長にとりかかる。
「アルマさ……りがとう……ござい……あとは……私たちは……おいて、スペスさん……ところ……行ってくだ……。スペスさ……を助け………」
「わかったから…………もう、しゃべらないでっ‼︎」
アルマが声を荒げると、イオキアはそれきり何も言わなくなった。
隊長を治す途中、アルマは静かすぎるイオキアを何度も見た。そのたびにイオキアの胸はまだゆっくりと上下していた。
アルマは、いざとなったら無理にでも隊長を叩き起こそうと思いながら、懸命に治療をつづけた。
メイランが来るとしたら、赤い月が高く昇った頃だからだ。
だが、見上げた空に、赤い月はまだ山から顔も出していなかった。
しばらく走ったあとで、トロルから充分に離れたことを確認したアルマは、応急処置をするために二人を下ろした。
傷の具合を確認すると、隊長は何か所も骨折をしていたが、治療をすれば助かりそうだった。
一方でイオキアは、おそらくトロルの蹴りを直撃で受けたのだろう、背中に酷い打撲痕があり骨格が見てわかるほど変形していた。
裂けた脇腹からは血がながれ続け、いくつかの内臓が潰されている可能性があった。アルマはすぐに、イオキアの治療にかかった。
――これは……、助からないかもしれない。
魔法をかけながら、アルマは思った。
もし助かったとしても、高度な魔法の治療を受けなければ、歩けないほどの後遺症が残ることは確実だった。
それでもアルマは、いまできる治療に専念した。
やがて腹の傷がふさがり出血は止まったが、アルマに傷ついた内臓を再生するような魔法は使えなかった。せめて、と思い《痛み止め》をかけると、イオキアの目がうっすらと開いた。
「アルマ……さん? ここは……?」と弱々しい声で訊く。
「怪我したお二人をトロルから離しました。痛みますか?」
「……彼女は?」
「怪我をしていますが無事ですよ。イオキアさんのおかげです」
「そうですか……ありがとう……ございます」
礼を言うイオキアの声は抑揚がなく、まるで力が感じ取れなかった。
「スペスさん……は?」
「いまは、トロルを足止めしています」
感情を出さないように、アルマは言った。
「そう……ですか。では私に……これ以上……の治療は……いり……ません」
「いま治療をやめたら、死んじゃいますよ!」
アルマは声を上げた。
たとえ最終的にそうなるとしても、今は治療をすべきだった。
「いいんです……、私は……助からない……でしょう」
「そんなこと言わないでください! 生きようとしてください!」
「すみ……ません」と言うイオキアの声が小さくなっていく。「もし……わがまま……聞いてもらえる……なら……さいご……彼女と、話を……させてくだ……い」
そう言われて、アルマは迷った。それでも結局、イオキアのその頼みを断ることはできなかった。
「わかりました……いま隊長さんを治しますから、すこしだけ待っていてください。まだ、いかないでくださいね」
声をかけてイオキアの治療をやめ、すぐに隊長にとりかかる。
「アルマさ……りがとう……ござい……あとは……私たちは……おいて、スペスさん……ところ……行ってくだ……。スペスさ……を助け………」
「わかったから…………もう、しゃべらないでっ‼︎」
アルマが声を荒げると、イオキアはそれきり何も言わなくなった。
隊長を治す途中、アルマは静かすぎるイオキアを何度も見た。そのたびにイオキアの胸はまだゆっくりと上下していた。
アルマは、いざとなったら無理にでも隊長を叩き起こそうと思いながら、懸命に治療をつづけた。