残酷な描写あり
R-15
第96話 『決着……そして⁉』
トロルの後ろに立ったアルマの姿は、景色に溶けるようにブレてぼやけていた。
アルマは、壊れて捨てられたはずのトロルの棍棒を胸の前でかかえるように持ち、すでに大きく振りかぶっていたそれを、トロルの足に向けて全力で振り出す。
一歩下がったことで後ろ足に重心をかけているトロルに、それを回避する余裕はなかった。
「いっけえぇぇえ! アルマぁぁぁっ!」
「どっっせぇぇぇぇええい‼︎」
掛け声とともに繰り出された一撃は、技術もなにもない、ただ〝力〟一点のみに絞った《強打》だった。
全身で振り回された棍棒が、毛むくじゃらなトロルのひざを裏から直撃する。
パガッという音がしてトロルの足が地面に叩きつけられ、一撃でバランスをくずしたトロルがズシンと尻もちをつく。
アルマは、振り抜いた棍棒をすぐに切りかえし、目の前におちてきたトロルの腹を、こんどは前から殴りつけた。
戻ってきた棍棒が腹にめり込み、腰をついていたトロルの上体が、勢いよく後ろに倒される。大きな頭が地面にぶつかり、かけていた首飾りがカシャンと鳴った。
「頭だっ! アルマッ!」スペスが叫ぶ。
「うんっ‼︎」
と走り出すアルマへ、倒れたトロルは手指の無くなった腕をのばした。
「させるか……よっ!」
ちぎれたムチを引っかけて、トロルの腕にスペスがぶら下がる。
邪魔をされた腕のうごきが悪くなり、走るアルマには追いつけない。
すぐに頭にたどり着いたアルマは、抱えた棍棒を振り上げた。
倒れているトロルが、目だけを動かしアルマを見る。
その漆黒の瞳が、アルマには、宝石のようで美しく思えた。
だが、わずかに躊躇するあいだにも、トロルはもう片方の手を顔に近づけてくる。
「なにしてるんだ! アルマっ! 急げっ!」
「うんっ!」
と、アルマは棍棒を振り下ろす。
「――ごめん……なさいっ!」
最期の瞬間――トロルは残された指で首から下げていた木の板を触った。
ゴガシャッという音とともにトロルの頭が砕かれる。
衝撃で首飾りがちぎれ、つながれていた木と骨の装飾が、カラカラと音をたてて散らばった。
スペスをぶらさげていた腕が力を失って落ち、地面にころがるように降りたスペスは、そのまま仰向けに寝転んだ。
空にある大小ふたつの月と煌めく星々を見上げ、スペスは親指を突き上げる。
「やったぜ……」と。
トロルがもう再生してこない事を確認したアルマは、はぁはぁと息をつきながら、ゆっくりと棍棒から手を離した。気が抜けたようにあたりに散らばった木板をながめて、アルマは何気なくそのひとつをひろう。
その木板を見たアルマが、急に動きを止めて、立ち尽くした。
「アルマ、なにしてるの……?」
ようやく立ち上がったスペスが、よろよろと歩いてくる。
だがアルマは、うつむいたまま何も答えなかった。
「悪いんだけど……もう全身が痛くってさぁ。できれば治してほしいんだけ……ど」
声をかけられたアルマは、木板をもったまま、肩を震わせていた。
「どうしたの、アルマっ⁉」
スペスがかけ寄ると、顔をあげたアルマは泣きそうな声を出す。
「どうしようスペスっ! もしかして……もしかして、このひとっ!」
もういちど息を吸ってアルマは言った。
「家族が、いるんじゃないの……⁉」
怪訝な顔をしたスペスは、そっと差し出された木の板を受けとった。
本くらいの大きさの板は、四辺の幅がズレていて、木の質も悪かった。
その粗末な板に、草の汁で絵がかかれている。
それ見たスペスは、アルマと同じように声を落とし『そう……だろうね……』と言った。
それは、ちょっとおかしな絵だった。
点と丸だけの稚拙で簡単な顔が、板を埋めつくすように沢山描かれていた。
真ん中に、髭の生えた大きな顔がひとつ。中くらいの顔がみっつ。そのまわりに、たくさんの小さな顔たち。
スペスは、あたりに散らばる木板をいくつか拾ってみたが、そのどれもに同様の子供が描いたような絵があった。棍棒を持つ、明らかにこのトロルだとわかる絵もあった。
それらの板を眺めてふり返ったスペスは、アルマに言った。
「アルマ……でも……」
「わかってるっ!」
アルマは胸の前で板を握りしめる。
「――このひとだって……たくさんのアールヴのひとを殺してるっ!」
「うん……そうだね」
「でもっ、でもねっ!」
ボロボロと涙をこぼしながら、アルマはスペスを見上げた。
「ほんとうに、こうするしか……これしか、やり方が無かったのかな……⁉」
「それは…………わからないよ」
複雑な顔で、スペスは首を振る。
「少なくとも、ボクらにできたのは――これが精一杯だったんだ」
「うぅ……あああぁぁぁぁぁっ‼︎」
アルマは大声で叫んだ――
さっきまでの、何でもできそうだった自分。無力だった今の自分。
無事だったスペス。瀕死のイオキア。
暗い穴に置いてきたタッシェと長老。
自分の家族の顔に、板に描いてある家族の顔。
色々なことが、つぎつぎに頭にうかび。
そのままアルマは、いろいろな感情をごちゃまぜにして、
――ただ泣いた。
スペスが泣いているアルマに近づき、右手をまわして抱き寄せた。
アルマを寄せるとき、スペスは痛みに顔をしかめたが、声は出さなかった。
そんなスペスの腕の中で、アルマは声をあげて泣き続けた。
アルマは、壊れて捨てられたはずのトロルの棍棒を胸の前でかかえるように持ち、すでに大きく振りかぶっていたそれを、トロルの足に向けて全力で振り出す。
一歩下がったことで後ろ足に重心をかけているトロルに、それを回避する余裕はなかった。
「いっけえぇぇえ! アルマぁぁぁっ!」
「どっっせぇぇぇぇええい‼︎」
掛け声とともに繰り出された一撃は、技術もなにもない、ただ〝力〟一点のみに絞った《強打》だった。
全身で振り回された棍棒が、毛むくじゃらなトロルのひざを裏から直撃する。
パガッという音がしてトロルの足が地面に叩きつけられ、一撃でバランスをくずしたトロルがズシンと尻もちをつく。
アルマは、振り抜いた棍棒をすぐに切りかえし、目の前におちてきたトロルの腹を、こんどは前から殴りつけた。
戻ってきた棍棒が腹にめり込み、腰をついていたトロルの上体が、勢いよく後ろに倒される。大きな頭が地面にぶつかり、かけていた首飾りがカシャンと鳴った。
「頭だっ! アルマッ!」スペスが叫ぶ。
「うんっ‼︎」
と走り出すアルマへ、倒れたトロルは手指の無くなった腕をのばした。
「させるか……よっ!」
ちぎれたムチを引っかけて、トロルの腕にスペスがぶら下がる。
邪魔をされた腕のうごきが悪くなり、走るアルマには追いつけない。
すぐに頭にたどり着いたアルマは、抱えた棍棒を振り上げた。
倒れているトロルが、目だけを動かしアルマを見る。
その漆黒の瞳が、アルマには、宝石のようで美しく思えた。
だが、わずかに躊躇するあいだにも、トロルはもう片方の手を顔に近づけてくる。
「なにしてるんだ! アルマっ! 急げっ!」
「うんっ!」
と、アルマは棍棒を振り下ろす。
「――ごめん……なさいっ!」
最期の瞬間――トロルは残された指で首から下げていた木の板を触った。
ゴガシャッという音とともにトロルの頭が砕かれる。
衝撃で首飾りがちぎれ、つながれていた木と骨の装飾が、カラカラと音をたてて散らばった。
スペスをぶらさげていた腕が力を失って落ち、地面にころがるように降りたスペスは、そのまま仰向けに寝転んだ。
空にある大小ふたつの月と煌めく星々を見上げ、スペスは親指を突き上げる。
「やったぜ……」と。
トロルがもう再生してこない事を確認したアルマは、はぁはぁと息をつきながら、ゆっくりと棍棒から手を離した。気が抜けたようにあたりに散らばった木板をながめて、アルマは何気なくそのひとつをひろう。
その木板を見たアルマが、急に動きを止めて、立ち尽くした。
「アルマ、なにしてるの……?」
ようやく立ち上がったスペスが、よろよろと歩いてくる。
だがアルマは、うつむいたまま何も答えなかった。
「悪いんだけど……もう全身が痛くってさぁ。できれば治してほしいんだけ……ど」
声をかけられたアルマは、木板をもったまま、肩を震わせていた。
「どうしたの、アルマっ⁉」
スペスがかけ寄ると、顔をあげたアルマは泣きそうな声を出す。
「どうしようスペスっ! もしかして……もしかして、このひとっ!」
もういちど息を吸ってアルマは言った。
「家族が、いるんじゃないの……⁉」
怪訝な顔をしたスペスは、そっと差し出された木の板を受けとった。
本くらいの大きさの板は、四辺の幅がズレていて、木の質も悪かった。
その粗末な板に、草の汁で絵がかかれている。
それ見たスペスは、アルマと同じように声を落とし『そう……だろうね……』と言った。
それは、ちょっとおかしな絵だった。
点と丸だけの稚拙で簡単な顔が、板を埋めつくすように沢山描かれていた。
真ん中に、髭の生えた大きな顔がひとつ。中くらいの顔がみっつ。そのまわりに、たくさんの小さな顔たち。
スペスは、あたりに散らばる木板をいくつか拾ってみたが、そのどれもに同様の子供が描いたような絵があった。棍棒を持つ、明らかにこのトロルだとわかる絵もあった。
それらの板を眺めてふり返ったスペスは、アルマに言った。
「アルマ……でも……」
「わかってるっ!」
アルマは胸の前で板を握りしめる。
「――このひとだって……たくさんのアールヴのひとを殺してるっ!」
「うん……そうだね」
「でもっ、でもねっ!」
ボロボロと涙をこぼしながら、アルマはスペスを見上げた。
「ほんとうに、こうするしか……これしか、やり方が無かったのかな……⁉」
「それは…………わからないよ」
複雑な顔で、スペスは首を振る。
「少なくとも、ボクらにできたのは――これが精一杯だったんだ」
「うぅ……あああぁぁぁぁぁっ‼︎」
アルマは大声で叫んだ――
さっきまでの、何でもできそうだった自分。無力だった今の自分。
無事だったスペス。瀕死のイオキア。
暗い穴に置いてきたタッシェと長老。
自分の家族の顔に、板に描いてある家族の顔。
色々なことが、つぎつぎに頭にうかび。
そのままアルマは、いろいろな感情をごちゃまぜにして、
――ただ泣いた。
スペスが泣いているアルマに近づき、右手をまわして抱き寄せた。
アルマを寄せるとき、スペスは痛みに顔をしかめたが、声は出さなかった。
そんなスペスの腕の中で、アルマは声をあげて泣き続けた。