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作者: 細矢ひろゆき
残酷な描写あり R-15
第98話 『戦場に似つかわしくない声⁉』
「やあ兄弟! ひさしぶりだね! たしかアホタンとかいったっけ?」
 陽気な声で言う。

「ややっ、お前はモドカダラの頭に火をつケたアールヴ!」
 悪魔がスペスに気がついた。
「アチシはアブタノだわ! あンときはよクもやってくれタな! おかゲでひどい目にあっタのだワ!」

「ああ、あの時はわるかったね。でも仕方ないじゃないか。キミはボクらに戦いを挑んだんだ。なのに攻撃されて怒るなんてひどいじゃないか」
「だマれ! 勝てないカらって、だマし討ちをすルなんて、汚イのだワ!」

「おかしいなぁ? 戦いでは、罠もだまし討ちも当たり前のことだよ?」
 とスペスは首をかしげる。
「そのくらいのこと、頭のいいキミならわかっていると思ったんだけどなぁ……」

「ん……? そ、そウだな。そんナ事くらい、アチシもわかってたヨ」

「それにさ。ボクらは勝ったよ。見てみなよ、君たちの自慢の戦士はボクらに倒された!」
「なんダと! お前がモドカダラをやっタのか⁉」

「そうだよ。たしかに強かったし、ボクもだいぶやられたけど、それでもボクには敵わなかったね」
「ぬぬぬ……アールヴにそコまでの戦士がいルなんて思わナかっタのだワ!」
「だからさ」とスペスは余裕の笑みをうかべる。

「ここらへんでやめにしておかない? ボクにかかったら君も無事じゃすまないよ。ここで全滅したくなかったら、おとなしく帰って魔王サマに相談しなよ」

 そう言うスペスの膝はぷるぷると笑っていた。
「その状態で、よくハッタリが言えるわね……」見ていたアルマが関心する。

「ぬぐぐぐ、たシかにお前の言うトおりかモしれナいだワ……。だガ、強敵の情報も持たズにこのマま帰ったら、アチシは魔王様にあワせる顔がナいのだワ!」

 アブタノが口のあたりに手をやり、ピーッ! という音を出した。
 ガザガザと音がして、アブタノの背後にある森から、大きな影がふたつ出てくる。

「オーガ!」「それも二体も⁉」
 スペスとアルマが言った。

「さあサあっ、アールヴの戦士よ! こいつラと戦え! そノ強さをアチシに見せルのだワ!」
「い、いやぁ……」と急にスペスの腰が引ける。

「そいつら程度じゃボクがやるまでもないかな。相手なら、この子で充分だよ」
 スペスがアルマを指した。
「こいつラを相手にそンな小娘ひとりトは……やハり只者じゃナいのだワ」

「ちょっとスペス!」
 アルマが、悪魔に聞こえないように言った。

「わたし、もう魔力マナがないって言ったじゃない。同時に二体はきついわ。せめて一体はひきつけておいてよ!」

 スペスが小さく首を振る。
「ごめんムリ……正直もう立ってるだけで精一杯――」

「まったく……しょうがないわね――こうなったら逃げるわよ」
「……そうしよう」

 ふたりが、こそこそと相談していると、後ろの森からも、ザカザカという音が近づいてくる。

「まさか……」
 と振り返ると、森から一体のオーガが姿を見せ、さらに別の場所からもオーガが出てきた。

「まずい……囲まれてる」
 と、スペスは周りを見る。
 加えて、ガザガザという音がもう一体近づいて来ていた。

「と、とにかく逃げないと――」
 アルマは、動けないスペスを肩にかつぎあげる。

「うーん? ずイぶん変わっタ構えナのだワ? 初メて見るケど、そんナので戦えルのだワ?」
 とアブタノはふたりを見た。

「ねぇ……どっちに行くのがいいかしら」
 そう訊いたアルマの膝が、がくんと落ちる。

 スペスをかついだまま、アルマがしゃがみこんだ。
「アルマ⁉」

「ごめん……、もう魔力マナがない……かも」
 青ざめた顔でアルマは言った。
「ええっ⁉」
「どうしよう……スペス」

「どうしようって言ってもね……」
 スペスがひきつった笑いを浮かべる。


 四体のオーガが、遠巻きにふたりを囲み、じっと見ていた。
「どうシた、アールヴの戦士。ヤらなイのかイ?」アブタノが訊く。

「い、いや、今はちょっと体調がわるくてね……今日はヤメにしとかない?」
 スペスが言ったが、アブタノは聞く耳を持たない。
「そっチが来ないナら、こっちかラいくヨ!」

 アブタノの合図をうけて、オーガが一斉に歩きだす。

 威嚇するように牙を見せるもの。粗末な棍棒を振り回すもの。
 するどい爪をつき出すもの。 嬉しそうにヨダレをたらすもの。

 身動きのとれないふたりに、よっつの悪魔が近づいてくる。

「スペス!」とアルマが抱きついた。
「これはさすがに無理かもね……」
 顔に汗をにじませて、スペスは言った。


 その時、さっきからガザガザと音のしていた森から、よく通る声がひびいた。

「よう! 楽しそうなことを、やってるじゃないか!」
 それは、戦場に似つかわしくない明るい声だった。

 その声を聞いたアルマが、抱きついた手を離してスペスを見る。

 全ての者が動きをとめる中を、声の主はすたすたと歩いて近づいてきた。
「――アタシも、まぜろよ」
 そう言って、オーガの後ろから顔を見せたのは、黒髪の女拳士――メイランだった。
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