残酷な描写あり
R-15
第101話 『静寂のなかで⁉』
「まだやるかい?」
メイランがまた髪に手を当てた。
「もう勝負は付いたろう、見逃してやるからもう行けよ――お前、なんか面倒だし」
「このアチシをどコまでもバカにシて……ぐぬぬ」
くやしそうに言ったアブタノの姿が、ぼやけはじめる。
「お前っ、次はこうはイかないカらな! 覚えテいるのダわ!」
捨て台詞をのこし、アブタノは完全に姿を消した。
「イヤなこった――」
メイランがそう吐き捨てると、戦場となった集落に、静寂が訪れた。
「終わったの?」
アルマが不安そうに訊く。
「ああ――ボクらの勝ちだよ」
スペスが、寂しそうに笑った。
「こんなのが終わり……なんて――」
と、アルマは辺りを見回す。
月あかりに照らされた森の集落には、あちこちに動かない骸が転がっていた。
トロルが、オーガが、ゴブリンが、アールヴが。
どれもみな、二度と動くことはなかった。
ずっと麻痺していた嗅覚に、いまさら血と臓物の臭いを感じて、アルマは込み上げてくる吐き気をこらえる。
それでもアルマは、戦場の悲惨さから目を背けることが出来なかった。
きっと――アールヴは滅びを免れただろう。
それは、もちろん良い事だとアルマは思う――
一方で、悪魔と呼ばれる者たちが斃れ、それはまたどこかで別の悲しみを生み出したのかもしれなかった。
自分たちが三百年前に来た意味――そんなものが、もしあるのなら……
「わたし達には……できる事があったのかな……」
ぽつりと呟く。
「わからないよ。でも――」
静かにスペスが言った。
「ボクらは、ボクらにできることをやった。それだけは確かだよ」
「うん……そうだよね」
うなずいてアルマは、ふっと息をはいた。
凄惨な地上とは対照的に――
夜の空は晴れわたり、きらきらと星が輝いている。
その光景の中でふたりが黙りこんでいると、メイランが戻ってきた。
「どうだ?」と一番に訊ねる。
「あ、はい――ある程度は大丈夫になったと思います」
そう答えるアルマの顔は暗い。
「ただ、わたしの力ではこれ以上は……。完全に元通りにはならないかも知れません……」
「そうか……」とメイランも難しい顔をする。
「アタシもある程度までは治せるが、高度なものは無理だしな……」
「まぁ、しかたないよ」
スペスだけがどこか気楽そうに言った。
「そんな簡単に言わないでよ! これから先、ずっと手が使えなくなるかもしれないのよ!」
アルマは真剣に言ったが、スペスは気にする様子もない。
「利き手じゃないんだし、ちょっとくらい平気さ」
「そんな簡単な話じゃないの! もっと、きちんと考えないといけない事よ!」
「まあまあ……落ち着けって」
とメイランが割って入った。
「欠損しても治せるような腕のいい治癒師だって稀にいる。一生つかえないと決まったわけじゃないぜ?」
「そんなすごい人に頼むお金なんて持ってないですよ……」
アルマが拗ねたように言う。
「まぁ、そのへんはアタシも伝手を当たってみるよ。まずは今できることからだな」
「はい、わかりました……」
とアルマは悔しそうに答えた。
「そういえばさ――」と、スペスがまた軽い声を出す。
「メイランさんは、どうしてこんなに早く来れたの? まだ手紙がついたくらいだと思うんだけど」
「――手紙?」
メイランが妙な顔をする。
「あれ……? メイランさんに助けて欲しいっていう手紙を書いたんだけど、届いてない?」
「いや……、アタシは朝から出てたからな……。行き違ったんじゃないか?」
「えっ? それならどうしてココに来れたんです?」とアルマが訊く。
「あーっと、それはだなぁ……」
とたんにメイランが口ごもった。
「……そ、そうだな、散歩……散歩だ。このあたりを散歩してたらなんか音がしたんで、ちょーっと見に来たら、お前たちがいたんだよ。いやぁ……〝偶然〟だったよな!」
「「いや、ウソ下手か!」」
スペスとアルマの声がかぶった。
「そんな完全武装で散歩するひとが、どこにいるんだよ」スペスが言った。
「心配して見に来たのなら、そう言えばいいのにね」とアルマも言った。
「べっ、べつにいいだろ……アタシが何処をどんな格好で散歩しようが、アタシの自由だ!」
メイランが、きまり悪そうにそっぽを向く。
そんなメイランを笑ったふたりの声が、重苦しい静寂をやぶって広がった。
メイランがまた髪に手を当てた。
「もう勝負は付いたろう、見逃してやるからもう行けよ――お前、なんか面倒だし」
「このアチシをどコまでもバカにシて……ぐぬぬ」
くやしそうに言ったアブタノの姿が、ぼやけはじめる。
「お前っ、次はこうはイかないカらな! 覚えテいるのダわ!」
捨て台詞をのこし、アブタノは完全に姿を消した。
「イヤなこった――」
メイランがそう吐き捨てると、戦場となった集落に、静寂が訪れた。
「終わったの?」
アルマが不安そうに訊く。
「ああ――ボクらの勝ちだよ」
スペスが、寂しそうに笑った。
「こんなのが終わり……なんて――」
と、アルマは辺りを見回す。
月あかりに照らされた森の集落には、あちこちに動かない骸が転がっていた。
トロルが、オーガが、ゴブリンが、アールヴが。
どれもみな、二度と動くことはなかった。
ずっと麻痺していた嗅覚に、いまさら血と臓物の臭いを感じて、アルマは込み上げてくる吐き気をこらえる。
それでもアルマは、戦場の悲惨さから目を背けることが出来なかった。
きっと――アールヴは滅びを免れただろう。
それは、もちろん良い事だとアルマは思う――
一方で、悪魔と呼ばれる者たちが斃れ、それはまたどこかで別の悲しみを生み出したのかもしれなかった。
自分たちが三百年前に来た意味――そんなものが、もしあるのなら……
「わたし達には……できる事があったのかな……」
ぽつりと呟く。
「わからないよ。でも――」
静かにスペスが言った。
「ボクらは、ボクらにできることをやった。それだけは確かだよ」
「うん……そうだよね」
うなずいてアルマは、ふっと息をはいた。
凄惨な地上とは対照的に――
夜の空は晴れわたり、きらきらと星が輝いている。
その光景の中でふたりが黙りこんでいると、メイランが戻ってきた。
「どうだ?」と一番に訊ねる。
「あ、はい――ある程度は大丈夫になったと思います」
そう答えるアルマの顔は暗い。
「ただ、わたしの力ではこれ以上は……。完全に元通りにはならないかも知れません……」
「そうか……」とメイランも難しい顔をする。
「アタシもある程度までは治せるが、高度なものは無理だしな……」
「まぁ、しかたないよ」
スペスだけがどこか気楽そうに言った。
「そんな簡単に言わないでよ! これから先、ずっと手が使えなくなるかもしれないのよ!」
アルマは真剣に言ったが、スペスは気にする様子もない。
「利き手じゃないんだし、ちょっとくらい平気さ」
「そんな簡単な話じゃないの! もっと、きちんと考えないといけない事よ!」
「まあまあ……落ち着けって」
とメイランが割って入った。
「欠損しても治せるような腕のいい治癒師だって稀にいる。一生つかえないと決まったわけじゃないぜ?」
「そんなすごい人に頼むお金なんて持ってないですよ……」
アルマが拗ねたように言う。
「まぁ、そのへんはアタシも伝手を当たってみるよ。まずは今できることからだな」
「はい、わかりました……」
とアルマは悔しそうに答えた。
「そういえばさ――」と、スペスがまた軽い声を出す。
「メイランさんは、どうしてこんなに早く来れたの? まだ手紙がついたくらいだと思うんだけど」
「――手紙?」
メイランが妙な顔をする。
「あれ……? メイランさんに助けて欲しいっていう手紙を書いたんだけど、届いてない?」
「いや……、アタシは朝から出てたからな……。行き違ったんじゃないか?」
「えっ? それならどうしてココに来れたんです?」とアルマが訊く。
「あーっと、それはだなぁ……」
とたんにメイランが口ごもった。
「……そ、そうだな、散歩……散歩だ。このあたりを散歩してたらなんか音がしたんで、ちょーっと見に来たら、お前たちがいたんだよ。いやぁ……〝偶然〟だったよな!」
「「いや、ウソ下手か!」」
スペスとアルマの声がかぶった。
「そんな完全武装で散歩するひとが、どこにいるんだよ」スペスが言った。
「心配して見に来たのなら、そう言えばいいのにね」とアルマも言った。
「べっ、べつにいいだろ……アタシが何処をどんな格好で散歩しようが、アタシの自由だ!」
メイランが、きまり悪そうにそっぽを向く。
そんなメイランを笑ったふたりの声が、重苦しい静寂をやぶって広がった。