残酷な描写あり
R-15
第104話 『ようこそ、リメイラに⁉』
暗闇から視界が戻ると、空はどんよりと曇っていた。
雲に隠されて太陽は見えなかったが、時間は午前か昼ごろのようだった。
「もどって……これたの?」
アルマが訊く。
「どうだろう」
答えたスペスが、うっと口をおさえた。
「あっ……ほら! 《酔い覚まし》をかけてあげるから! 座って!」
へたり込むスペスに魔法をかけ始めたアルマは、まわりを見て声を上げる。
「あっ……あの木! 見覚えがある! 良かった、ちゃんと戻ってこれたのね!」
「どうやら……そのようだね」
スペスが青い顔でうなずく。
「……でも、木って……すぐに形が変わらないからね……。数年くらいズレてる可能性がある……かもしれない」
「そんなにズレてたら、知らないうちに年を取ったことになっちゃうわ⁉」
「後ろにズレてたらそうだけど、前にズレたら若くなるよ」
「なんですって!」
とアルマは真剣な顔で言った。
「それは……喜んでいいのかしら?」
「まあ、今そういう心配をしても仕方ないよ。まずは、村に行ってみよう」
すこし良くなってきた顔でスペスは言った。
「そうよね」
とうなずいて、アルマは立ち上がる。
「じゃあ、わたしはまわりを見てくるから。スペスはもうちょっと座ってて」
「ああ、わるいね……」とスペスが手をあげた。
そのまま、ぐるりと頂上を一周したアルマは、もどってきて嬉しそうに言った。
「スペス! 道が二つあるわよ! 村のほうと、アールヴのひとが住んでたほう!」
「そっか……じゃあ、どっちにも行く人がいるってことだ」
スペスも安心したようにうなずく。
「それとね、村に行く道がすごい事になってるの……。来て!」
アルマに手を引かれて行くと、村のほうに続く道は以前の獣道ではなく、人がすれ違えるくらいの広さになっていた。
そのうえ、急な箇所に階段が付けられている。
「前とずいぶん違うんだけど……これって、どういうことなのかな?」
アルマが、不安そうに道を見る。
「わからないけどさ――道がきれいにされてるってことは、それなりに人が行き来しているってことだからね。前の時みたいに、行ったら小屋がひとつだけってことはないと思うよ」
「そうよね……」
と言いつつ、アルマはまだ不安そうにしていた。
「とにかく、行ってみようよ」
スペスが道ぞいに歩きだす。
「……うん」
とうなずいて、ふたりは丘をくだっていった。
途中では誰にも会わなかったが、その道は歩きやすく、そう時間がかからずに丘を下ることができた。
やがて森の向こうに、いくつかの建物が見えてくる。
「よかった、ちゃんと村があるみたい!」
アルマが嬉しそうに声をあげた。
「うん、でも――」とスペスが首をかしげる。「なんか家の数が多くない?」
「そう言われると……」アルマもおかしな顔をした。「多いわね……明らかに」
「それに、大きな家がいくつもあるよ」
「うちの村に二階建ての家なんて無かったはずだけど……」
小屋と見まちがうような粗末な家しかなかったリメイラ村に、きれいに色の塗られた立派な建物がいくつも建っているのが見えた。
「どういうことなの……?」
不安がるアルマと対照的に、スペスはなぜか楽しそうだった。
「面白いね、行ってみようよ!」
ついた村の入口には、立派な看板が立てられていた。
『ようこそ、アールヴも住む村、リメイラに!』
「アールヴって書いてあるんだよね……この文字」スペスが訊く。
「そうね……」とアルマは看板の言葉をスペスに伝える。
そのむこうに見える村の中には、遠くからも見えていた二階建ての家がいくつも建っていた。
人も何人か歩いていたが、みな知らない顔だった。
ふたりはおそるおそる村に入り、入り口から近いアルマの家へ行ってみることにする。
平屋だったアルマの家は、二階建ての大きな家に変わっていた。
「わたしの家が大きくなってる!」
目を見開いたアルマだったが、次の瞬間には疑わしそうな顔つきになった。
「待って。これ……、ホントにわたしの家? たしかに場所はここだし、治療院の看板も出てるけど、ほかの知らない人の家よね?」
アルマは家を何度も見ながら呟く。
「そんなの、入ってみればわかるでしょ」
ドアに手をかけて入ろうとしたスペスの肩を、アルマがガシッと押さえた。
「待て待て……待つんだ、このお気楽さんめ……」
「なに?」
「もし知らない人の家だったらどうするのよ。恥ずかしいでしょ!」
「大丈夫だよ」
とスペスは言った。
「トイレと間違えました、って言えば」
「こんなデカいトイレがあるか! そんな間違え方する方がよっぽど恥ずかしいわよ!」
アルマは急いでスペスを家から引き離す。
「と、とにかく、うちは後回しにして、スペスの小屋のほうを見に行きましょうよ。ねっ?」
「まあいいけど……。あっ、そうすると、ボクのあの小屋も大きくなってるのかな? これは楽しみだなぁ!」
だが、スペスの小屋は、
以前と変わらない場所に、
以前と変わらない大きさのまま、
以前と変わらないボロさで、そこにあった。
「どうして……そのままなの……?」
スペスが落ち込んだ声を出す。
隣には三階建ての、この村で一番おおきく立派な建物があって、余計にこの小屋がみすぼらしく見えた。
「まあまあ――」とアルマはスペスを慰める。
「こっちのほうが入りやすくていいじゃない。さあ、行け、お気楽さんっ!」
「わかったよ……」とスペスは無造作に扉をあけた。
「あっ、トイレと間違えちゃったー」
「おい……」というアルマの声が、後ろからした。
「あーっ、やっと来たーっ!」
中から飛び出してきた美女が、いきなりスペスに抱きつく。
「遅いよぅ、お兄ちゃん!」
ひと目でアールヴとわかる長い銀髪に、尖った耳。アールヴらしい整った顔の美人だった。
「こんなトイレみたいな家に、どちら様かなぁー? えへへへ」
抱きつかれたスペスが、わかりやすく表情をくずす。
「もぅ、お兄ちゃんってばひどいよぅ……」
そう言いながら、スペスの首に手をまわした。
「ぼくを三百年も待たせておいて、言うことがそれ? あいかわらず女心がわかってないなぁ……」
雲に隠されて太陽は見えなかったが、時間は午前か昼ごろのようだった。
「もどって……これたの?」
アルマが訊く。
「どうだろう」
答えたスペスが、うっと口をおさえた。
「あっ……ほら! 《酔い覚まし》をかけてあげるから! 座って!」
へたり込むスペスに魔法をかけ始めたアルマは、まわりを見て声を上げる。
「あっ……あの木! 見覚えがある! 良かった、ちゃんと戻ってこれたのね!」
「どうやら……そのようだね」
スペスが青い顔でうなずく。
「……でも、木って……すぐに形が変わらないからね……。数年くらいズレてる可能性がある……かもしれない」
「そんなにズレてたら、知らないうちに年を取ったことになっちゃうわ⁉」
「後ろにズレてたらそうだけど、前にズレたら若くなるよ」
「なんですって!」
とアルマは真剣な顔で言った。
「それは……喜んでいいのかしら?」
「まあ、今そういう心配をしても仕方ないよ。まずは、村に行ってみよう」
すこし良くなってきた顔でスペスは言った。
「そうよね」
とうなずいて、アルマは立ち上がる。
「じゃあ、わたしはまわりを見てくるから。スペスはもうちょっと座ってて」
「ああ、わるいね……」とスペスが手をあげた。
そのまま、ぐるりと頂上を一周したアルマは、もどってきて嬉しそうに言った。
「スペス! 道が二つあるわよ! 村のほうと、アールヴのひとが住んでたほう!」
「そっか……じゃあ、どっちにも行く人がいるってことだ」
スペスも安心したようにうなずく。
「それとね、村に行く道がすごい事になってるの……。来て!」
アルマに手を引かれて行くと、村のほうに続く道は以前の獣道ではなく、人がすれ違えるくらいの広さになっていた。
そのうえ、急な箇所に階段が付けられている。
「前とずいぶん違うんだけど……これって、どういうことなのかな?」
アルマが、不安そうに道を見る。
「わからないけどさ――道がきれいにされてるってことは、それなりに人が行き来しているってことだからね。前の時みたいに、行ったら小屋がひとつだけってことはないと思うよ」
「そうよね……」
と言いつつ、アルマはまだ不安そうにしていた。
「とにかく、行ってみようよ」
スペスが道ぞいに歩きだす。
「……うん」
とうなずいて、ふたりは丘をくだっていった。
途中では誰にも会わなかったが、その道は歩きやすく、そう時間がかからずに丘を下ることができた。
やがて森の向こうに、いくつかの建物が見えてくる。
「よかった、ちゃんと村があるみたい!」
アルマが嬉しそうに声をあげた。
「うん、でも――」とスペスが首をかしげる。「なんか家の数が多くない?」
「そう言われると……」アルマもおかしな顔をした。「多いわね……明らかに」
「それに、大きな家がいくつもあるよ」
「うちの村に二階建ての家なんて無かったはずだけど……」
小屋と見まちがうような粗末な家しかなかったリメイラ村に、きれいに色の塗られた立派な建物がいくつも建っているのが見えた。
「どういうことなの……?」
不安がるアルマと対照的に、スペスはなぜか楽しそうだった。
「面白いね、行ってみようよ!」
ついた村の入口には、立派な看板が立てられていた。
『ようこそ、アールヴも住む村、リメイラに!』
「アールヴって書いてあるんだよね……この文字」スペスが訊く。
「そうね……」とアルマは看板の言葉をスペスに伝える。
そのむこうに見える村の中には、遠くからも見えていた二階建ての家がいくつも建っていた。
人も何人か歩いていたが、みな知らない顔だった。
ふたりはおそるおそる村に入り、入り口から近いアルマの家へ行ってみることにする。
平屋だったアルマの家は、二階建ての大きな家に変わっていた。
「わたしの家が大きくなってる!」
目を見開いたアルマだったが、次の瞬間には疑わしそうな顔つきになった。
「待って。これ……、ホントにわたしの家? たしかに場所はここだし、治療院の看板も出てるけど、ほかの知らない人の家よね?」
アルマは家を何度も見ながら呟く。
「そんなの、入ってみればわかるでしょ」
ドアに手をかけて入ろうとしたスペスの肩を、アルマがガシッと押さえた。
「待て待て……待つんだ、このお気楽さんめ……」
「なに?」
「もし知らない人の家だったらどうするのよ。恥ずかしいでしょ!」
「大丈夫だよ」
とスペスは言った。
「トイレと間違えました、って言えば」
「こんなデカいトイレがあるか! そんな間違え方する方がよっぽど恥ずかしいわよ!」
アルマは急いでスペスを家から引き離す。
「と、とにかく、うちは後回しにして、スペスの小屋のほうを見に行きましょうよ。ねっ?」
「まあいいけど……。あっ、そうすると、ボクのあの小屋も大きくなってるのかな? これは楽しみだなぁ!」
だが、スペスの小屋は、
以前と変わらない場所に、
以前と変わらない大きさのまま、
以前と変わらないボロさで、そこにあった。
「どうして……そのままなの……?」
スペスが落ち込んだ声を出す。
隣には三階建ての、この村で一番おおきく立派な建物があって、余計にこの小屋がみすぼらしく見えた。
「まあまあ――」とアルマはスペスを慰める。
「こっちのほうが入りやすくていいじゃない。さあ、行け、お気楽さんっ!」
「わかったよ……」とスペスは無造作に扉をあけた。
「あっ、トイレと間違えちゃったー」
「おい……」というアルマの声が、後ろからした。
「あーっ、やっと来たーっ!」
中から飛び出してきた美女が、いきなりスペスに抱きつく。
「遅いよぅ、お兄ちゃん!」
ひと目でアールヴとわかる長い銀髪に、尖った耳。アールヴらしい整った顔の美人だった。
「こんなトイレみたいな家に、どちら様かなぁー? えへへへ」
抱きつかれたスペスが、わかりやすく表情をくずす。
「もぅ、お兄ちゃんってばひどいよぅ……」
そう言いながら、スペスの首に手をまわした。
「ぼくを三百年も待たせておいて、言うことがそれ? あいかわらず女心がわかってないなぁ……」