残酷な描写あり
R-15
第105話 『三百年ぶりですね⁉』
「ぼくを三百年も待たせておいて、言うことがそれ? あいかわらず女心がわかってないなぁ……」
「いやぁ……なんとなく予想はついてるんだけど、タッシェだよね?」
「そうだよぅ。もしかして⁉ お兄ちゃん……ぼくの顔わすれちゃったの?」
大きくなったタッシェは、そう言って目を潤ませる。
「いやいや、別人みたいに綺麗になってたから、自信がなかっただけだよ」
スペスが、歯の浮くようなことを口にする。
「ほんと! うれしいよぅ!」
タッシェはまた抱きつくと、スペスに頬をこすりつけた。
「タ、タッシェ、ちょっとまって! アルマが見てるからっ、アルマがトイレの汚物を見るような目でボクを見てるから!」
「いや……、そんな目はしてないから……」
とアルマは低い声で言った。
「アルマさん?」と言ったタッシェの動きが、ピタリと止まる。
アルマも、この美人が、あのいたずら好きなタッシェとは思えず、ぎこちなく声をかける。
「えーと……ひさしぶり、になるのかな? ちょっと変な感じよね……タッシェさんって呼んだほうがいいのかしら……年上だし」
「あっ……ども……」
タッシェはそれだけ言うと、スペスの後ろにパッと隠れた。
「あ、あれ……⁉」
ポカンとするアルマから逃げるように距離を取ったタッシェは、呼びつけたスペスに何かを耳打ちをしている。
「えっ……? うんうん、そうなの……?」
というスペスの受け答えだけがアルマには聞こえてくる。
「な、なに? わたし……何かしたっ? なんなの⁉」
タッシェとスペスは、おろおろするアルマを放置して話をつづける。
「うんうん……でも、それは自分で言ったほうがいいんじゃない? ……そう? それは、どうかと思うけど……うん、わかった」
タッシェと話し終わったスペスが、アルマのほうを向いた。
「なんか、恥ずかしいんだって」
「はい?」
「だから、恥ずかしくてうまく話せないんだってさ」
「そ、そうなの? なんかもう、応対がスペスとぜんぜん違うから、まったくそんな感じには見えなかったんだけど……?」
「あと、タッシェでいいって」とスペスは言った。
「えっ?」
「名前……。呼び捨てにして、って言ってる」
「あ……う、うん、わかった……」
アルマはコホンと咳をすると、スペスの後ろに回り込むようにして、精一杯の笑顔をタッシェに向ける。
「えっと……、よ、よろしくね、タッシェ!」
「あっ……ハイ……よろ……です」
タッシェはそれだけ言うと、また目をそらしてスペスの後ろに隠れた。
「なんだろう、解せない……」
不審がるアルマを、スペスが、まぁまぁとなだめる。
「あらあら……」と中から声がして、もうひとりアールヴが出てきた。
「そんなところでお話しをされてないで、お入りになったらいかがです?」
集落を出る時に会ったばかりのその顔に、スペスとアルマが同時に声をあげる。
「「長老さん⁉」」
「おひさしぶりですね」
と長老は懐かしそうに目を細めた。
「――とはいっても、おふたりから見たらついさっきの事なのかもしれませんが」
「あー、えっと……ご挨拶もできなくて、すいません」
とアルマは言った。
「……実は、急に戻る事になってしまって……連絡もできなかったんです」
「いえ、お気になさらず」
と長老は手を振る。
「はじめから、帰ることがおふたりの望みだったのですから、戻られたのならそれでなによりです。もっとも、こちらは無事に帰ることができたのかが分からなかったので、心配はしておりましたが……」
「ほんっとうに、すいません!」とアルマは頭を下げる。
「――あのっ……それで、村のこととかいろいろと訊きたいことがあるんですけど」
「では、お入りくださいな。お茶を淹れますわ」
長老にうながされて中に入ると、小屋の内側は手入れがされているようで、きちんとした調度品が揃えられていた。
そういえば、と思って長老を見ると、集落にいたときのような簡素なアールヴの服ではなく、アルマと同じような人族の服を着ていた。タッシェも同じだった。
案内された丸いテーブルにつくと、タッシェが、スペスの腕をとってすぐ隣に座った。
長老のいれたハーブティーが並べられ、まずアルマが口を開く。
「それで早速なんですけど、今は、一体いつなんですか?」
「今日は――」
と長老が答えた日付は、ふたりが暗闇にのまれた日から、七日あとだった。
「三百年前で一日たつと、こっちでも一日たってたってことか……」スペスが言った。
「そんなにズレてなくてよかったわ」
とアルマは安心する。
「じゃあボクらはその間だけ、こっちにいなかったんだよね?」
「そうです」と長老は言った。
「二十日ほど前、スペスさんはアルマさんに連れられてこの村にいらっしゃいました。そして七日前、ふたりで神殿にむかったまま戻りませんでした」
アルマがハッと思いだしたように言う。
「七日もいなかったんじゃ、お父さんとお母さん、きっと心配してるわ……」
「ていうか、そんなどころじゃなく、もっと大騒ぎになってるんじゃない?」スペスが訊く。
「いえ……それは大丈夫です」と長老が言った。
「おふたりはちょうど集落の方に出た急患のため、手に入りにくい薬を街へ探しにいってもらった、ということにしてあります。六日くらいなら、ちょうどよかったのではないかと」
「あ、それなら……大丈夫かも」
「抜け目ない、って言いたいところだけどさ、もしもボクらが帰ってこなかったらどうする気だったの?」
「その時は、おふたりは薬を買うという〝建前〟で街に行った、ということにしようかと」
「建前ってなんですか、建前って!」
アルマが言った。
「なんで行ったのかわからない感じに、ぼかされてるじゃないですか⁉」
「いやですわ、そんなの誰が聞いてもすぐにわかりますよ」
長老は平然と答える。
「じゃあなんで行ったんですか?」
「〝歩いて〟に決まってるじゃないですか」
「どんな方法で行ったのかじゃなくて、どんな理由で行ったのか、です!」
「理由なんてなんでもいいのですよ……。別に〝家出〟でも〝駆け落ち〟でも」
「か……駆け落ちって!」
「どのみち戻ってこなかったら、私どもにできることはありません。ですから、なんだって同じようなものです」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「それよりもさ――」
まだ何か言いたそうなアルマを押さえてスペスが言った。
「ボクは一度この村に来てるんでしょ、それなのにボクはこの村の事を知らないんだ。というか、この村は、ボクらの知ってるリメイラ村と、かなり違うんだよね。
てことはだよ、この村から出かけていったボクらと、この村を知らないボクらは、はたして同じ人物なのかな?」
「いやぁ……なんとなく予想はついてるんだけど、タッシェだよね?」
「そうだよぅ。もしかして⁉ お兄ちゃん……ぼくの顔わすれちゃったの?」
大きくなったタッシェは、そう言って目を潤ませる。
「いやいや、別人みたいに綺麗になってたから、自信がなかっただけだよ」
スペスが、歯の浮くようなことを口にする。
「ほんと! うれしいよぅ!」
タッシェはまた抱きつくと、スペスに頬をこすりつけた。
「タ、タッシェ、ちょっとまって! アルマが見てるからっ、アルマがトイレの汚物を見るような目でボクを見てるから!」
「いや……、そんな目はしてないから……」
とアルマは低い声で言った。
「アルマさん?」と言ったタッシェの動きが、ピタリと止まる。
アルマも、この美人が、あのいたずら好きなタッシェとは思えず、ぎこちなく声をかける。
「えーと……ひさしぶり、になるのかな? ちょっと変な感じよね……タッシェさんって呼んだほうがいいのかしら……年上だし」
「あっ……ども……」
タッシェはそれだけ言うと、スペスの後ろにパッと隠れた。
「あ、あれ……⁉」
ポカンとするアルマから逃げるように距離を取ったタッシェは、呼びつけたスペスに何かを耳打ちをしている。
「えっ……? うんうん、そうなの……?」
というスペスの受け答えだけがアルマには聞こえてくる。
「な、なに? わたし……何かしたっ? なんなの⁉」
タッシェとスペスは、おろおろするアルマを放置して話をつづける。
「うんうん……でも、それは自分で言ったほうがいいんじゃない? ……そう? それは、どうかと思うけど……うん、わかった」
タッシェと話し終わったスペスが、アルマのほうを向いた。
「なんか、恥ずかしいんだって」
「はい?」
「だから、恥ずかしくてうまく話せないんだってさ」
「そ、そうなの? なんかもう、応対がスペスとぜんぜん違うから、まったくそんな感じには見えなかったんだけど……?」
「あと、タッシェでいいって」とスペスは言った。
「えっ?」
「名前……。呼び捨てにして、って言ってる」
「あ……う、うん、わかった……」
アルマはコホンと咳をすると、スペスの後ろに回り込むようにして、精一杯の笑顔をタッシェに向ける。
「えっと……、よ、よろしくね、タッシェ!」
「あっ……ハイ……よろ……です」
タッシェはそれだけ言うと、また目をそらしてスペスの後ろに隠れた。
「なんだろう、解せない……」
不審がるアルマを、スペスが、まぁまぁとなだめる。
「あらあら……」と中から声がして、もうひとりアールヴが出てきた。
「そんなところでお話しをされてないで、お入りになったらいかがです?」
集落を出る時に会ったばかりのその顔に、スペスとアルマが同時に声をあげる。
「「長老さん⁉」」
「おひさしぶりですね」
と長老は懐かしそうに目を細めた。
「――とはいっても、おふたりから見たらついさっきの事なのかもしれませんが」
「あー、えっと……ご挨拶もできなくて、すいません」
とアルマは言った。
「……実は、急に戻る事になってしまって……連絡もできなかったんです」
「いえ、お気になさらず」
と長老は手を振る。
「はじめから、帰ることがおふたりの望みだったのですから、戻られたのならそれでなによりです。もっとも、こちらは無事に帰ることができたのかが分からなかったので、心配はしておりましたが……」
「ほんっとうに、すいません!」とアルマは頭を下げる。
「――あのっ……それで、村のこととかいろいろと訊きたいことがあるんですけど」
「では、お入りくださいな。お茶を淹れますわ」
長老にうながされて中に入ると、小屋の内側は手入れがされているようで、きちんとした調度品が揃えられていた。
そういえば、と思って長老を見ると、集落にいたときのような簡素なアールヴの服ではなく、アルマと同じような人族の服を着ていた。タッシェも同じだった。
案内された丸いテーブルにつくと、タッシェが、スペスの腕をとってすぐ隣に座った。
長老のいれたハーブティーが並べられ、まずアルマが口を開く。
「それで早速なんですけど、今は、一体いつなんですか?」
「今日は――」
と長老が答えた日付は、ふたりが暗闇にのまれた日から、七日あとだった。
「三百年前で一日たつと、こっちでも一日たってたってことか……」スペスが言った。
「そんなにズレてなくてよかったわ」
とアルマは安心する。
「じゃあボクらはその間だけ、こっちにいなかったんだよね?」
「そうです」と長老は言った。
「二十日ほど前、スペスさんはアルマさんに連れられてこの村にいらっしゃいました。そして七日前、ふたりで神殿にむかったまま戻りませんでした」
アルマがハッと思いだしたように言う。
「七日もいなかったんじゃ、お父さんとお母さん、きっと心配してるわ……」
「ていうか、そんなどころじゃなく、もっと大騒ぎになってるんじゃない?」スペスが訊く。
「いえ……それは大丈夫です」と長老が言った。
「おふたりはちょうど集落の方に出た急患のため、手に入りにくい薬を街へ探しにいってもらった、ということにしてあります。六日くらいなら、ちょうどよかったのではないかと」
「あ、それなら……大丈夫かも」
「抜け目ない、って言いたいところだけどさ、もしもボクらが帰ってこなかったらどうする気だったの?」
「その時は、おふたりは薬を買うという〝建前〟で街に行った、ということにしようかと」
「建前ってなんですか、建前って!」
アルマが言った。
「なんで行ったのかわからない感じに、ぼかされてるじゃないですか⁉」
「いやですわ、そんなの誰が聞いてもすぐにわかりますよ」
長老は平然と答える。
「じゃあなんで行ったんですか?」
「〝歩いて〟に決まってるじゃないですか」
「どんな方法で行ったのかじゃなくて、どんな理由で行ったのか、です!」
「理由なんてなんでもいいのですよ……。別に〝家出〟でも〝駆け落ち〟でも」
「か……駆け落ちって!」
「どのみち戻ってこなかったら、私どもにできることはありません。ですから、なんだって同じようなものです」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
「それよりもさ――」
まだ何か言いたそうなアルマを押さえてスペスが言った。
「ボクは一度この村に来てるんでしょ、それなのにボクはこの村の事を知らないんだ。というか、この村は、ボクらの知ってるリメイラ村と、かなり違うんだよね。
てことはだよ、この村から出かけていったボクらと、この村を知らないボクらは、はたして同じ人物なのかな?」