残酷な描写あり
R-15
第106話 『牛耳っていませんか⁉』
「そう言われれば……」
と長老は、何かを思いだそうと目を伏せる。
「たしか……、三百年前におふたりがいらした時には、アールヴは絶滅して、すでにいなかったとお聞きしましたね……」
「そうだよね」
「だとしたら、おふたりが我々を滅びから救ったことで、なにかが変わってしまったのかもしれません……」
「そんなことが、起こるものなの?」
「さあ私には分かりかねますが……」
長老が答えると、しばらく沈黙がながれた。
「はいはーい!」タッシェが、元気よく手を挙げる。「わからないことを考えてもしかたないよ。それよりも、お兄ちゃんは他に訊きたいことはないの?
ぼくの事とか、ぼくの事とか、ぼくの事とか〜」
そう言ったタッシェは、スペスを挟んで、アルマから絶妙に隠れている。
「あっ、じゃあ……」とアルマが言った。
「今のこの村のことを教えて下さい。わたしたち本当に何も分からないので」
「わかりました……」と長老はうなずいた。
「まずこの村は、三百年前におふたりとメイランさんに救われたのをきっかけにして、アールヴと人族が共存しながら発展してきました。
アールヴの作る薬や食料、毛皮などの珍しいものを人族が街で売ることで、この辺りの村のなかでは群を抜いて成長をとげました。
それによってアールヴの暮らしもずいぶんと向上し、最近では観光で集落を訪れる人も増え、リメイラはその玄関口としての役割もはたしています」
「あ、あの……なんだか違いが大きすぎて、ちっとも頭に入らないんですけど……」
アルマが困惑を見せる。
「まぁ……でも、良かったんじゃない?」とスペスが言った。
「アルマはずっと、この村が豊かになればいいって思ってたんだからさ」
「それはそうなんだけど……、わたしが思ってたのと規模が違いすぎるのよね」
そう言ったアルマは、急に首をかしげる。
「あれっ? そういえば長老さんはこっちにいていいんですか? 集落にいたほうがいいんじゃ?」
「いえ、実は私は、すこし前に長老の役を後進にゆずりまして、今ではこの村に移り住んで、村の顔役のようなことをやらせてもらっています。ですから、もう長老ではないのですよ」
「あ、そうなんですか。でも、引退してからも大変ですね」
「いえいえ、それほど大したことはしてないのですよ――」
と長老は笑って手を振った。
「せいぜい、私に話を通さなければ、この村ではなにもできない、という程度です」
「それ、完っ全に、この村を牛耳ってませんか⁉」
アルマが恐ろしいものを見たような顔をする。
「すこし前といっても、百五十年くらいは前ですからね。お恥ずかしながら」
「アールヴの時間感覚を忘れてたわ⁉」
「それはもう、この村の長老って呼んでもいいんじゃない?」とスペスが言った。
「いやですわスペスさん、そんな呼び方をなさらないでくださいな……。以前みたいに『お・ま・え』と呼んでいただければ、それでよろしいのに」
長老は頬に手をあてて顔を赤くした。アルマが、ジロッとスペスをにらむ。
「そ、そんな呼び方してないよね?」 スペスが慌てて言った。
なにかを察したアルマは、スペスの服をひっぱり、小声で耳打ちをする。
(スペス……この長老さんけっこうクセがあるから気をつけてね)
(そうなの? そんなふうには見えないけど?)
(甘い。油断してると痛い目をみるわよ)
(痛い目だって⁉)とスペスが言った。(それは見てみたいなぁ!)
(はいはい……じゃあ好きにしなさい)
あきれた顔で、アルマはスペスからはなれる。
「うーん、とりあえず最低限の話は訊けたのかしら? 細かいことを言い出したらいくらでもあるけど、キリがないし」
「実際に見てきたほうが早いかもね」
とスペスも同意した。
「でも、わたし達の事情を知っている人がいてくれたっていうのは、助かります」
アルマがあらためて長老を見ると、長老は嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かったです。少しでも、おふたりから受けたご恩をお返しできるのなら、この村を牛耳った甲斐もあるというものです」
「いま……〝牛耳った〟って普通に言いましたよね」
「いえ、言ってません」微笑みをくずさずに、長老は言う。「聞き間違いでは?」
「……まぁいいです。助かってるのは事実なので」
アルマは追及をあきらめた。
「あ、そうだ! わたしの家って、あそこの治療院でいいんですか? すっごく大きくなってて、違う家かと思ったんですけど」
「ええ、そうですよ」と長老はうなずいた。
「アルマさんのお宅は代々治療院をやっていらして、ご家族のほかにも治癒師を雇っていますから、大きいのは当然です」
「ちょっと、実感がなさすぎるんですけど……」
「集落にも往診していただけるので、昔から助かっております」
「そうなんですね。わかりました、じゃあ、このあとで行ってみます。まだ不安ですけど……」
「ところで、ボクはどうしたらいいのかな?」スペスが訊く。
「小屋はいま、長老さんが使ってるんでしょ、他にボクが泊まれる場所ってあるのかな?」
「お兄ちゃんは、ぼくたちと一緒に住めばいいんじゃないの?」タッシェが言う。
「そうですね、この小屋は、いずれスペスさんが使うものだと、メイランさんから聞いておりましたし……」
「そんなのダメッ! ダメですよ!」
アルマが即座に却下した。
「と、年若い男女が、ひとつ屋根の下で一緒に寝起きだなんて、ふしだらです! なにかあったらどうするんですか!」
と長老は、何かを思いだそうと目を伏せる。
「たしか……、三百年前におふたりがいらした時には、アールヴは絶滅して、すでにいなかったとお聞きしましたね……」
「そうだよね」
「だとしたら、おふたりが我々を滅びから救ったことで、なにかが変わってしまったのかもしれません……」
「そんなことが、起こるものなの?」
「さあ私には分かりかねますが……」
長老が答えると、しばらく沈黙がながれた。
「はいはーい!」タッシェが、元気よく手を挙げる。「わからないことを考えてもしかたないよ。それよりも、お兄ちゃんは他に訊きたいことはないの?
ぼくの事とか、ぼくの事とか、ぼくの事とか〜」
そう言ったタッシェは、スペスを挟んで、アルマから絶妙に隠れている。
「あっ、じゃあ……」とアルマが言った。
「今のこの村のことを教えて下さい。わたしたち本当に何も分からないので」
「わかりました……」と長老はうなずいた。
「まずこの村は、三百年前におふたりとメイランさんに救われたのをきっかけにして、アールヴと人族が共存しながら発展してきました。
アールヴの作る薬や食料、毛皮などの珍しいものを人族が街で売ることで、この辺りの村のなかでは群を抜いて成長をとげました。
それによってアールヴの暮らしもずいぶんと向上し、最近では観光で集落を訪れる人も増え、リメイラはその玄関口としての役割もはたしています」
「あ、あの……なんだか違いが大きすぎて、ちっとも頭に入らないんですけど……」
アルマが困惑を見せる。
「まぁ……でも、良かったんじゃない?」とスペスが言った。
「アルマはずっと、この村が豊かになればいいって思ってたんだからさ」
「それはそうなんだけど……、わたしが思ってたのと規模が違いすぎるのよね」
そう言ったアルマは、急に首をかしげる。
「あれっ? そういえば長老さんはこっちにいていいんですか? 集落にいたほうがいいんじゃ?」
「いえ、実は私は、すこし前に長老の役を後進にゆずりまして、今ではこの村に移り住んで、村の顔役のようなことをやらせてもらっています。ですから、もう長老ではないのですよ」
「あ、そうなんですか。でも、引退してからも大変ですね」
「いえいえ、それほど大したことはしてないのですよ――」
と長老は笑って手を振った。
「せいぜい、私に話を通さなければ、この村ではなにもできない、という程度です」
「それ、完っ全に、この村を牛耳ってませんか⁉」
アルマが恐ろしいものを見たような顔をする。
「すこし前といっても、百五十年くらいは前ですからね。お恥ずかしながら」
「アールヴの時間感覚を忘れてたわ⁉」
「それはもう、この村の長老って呼んでもいいんじゃない?」とスペスが言った。
「いやですわスペスさん、そんな呼び方をなさらないでくださいな……。以前みたいに『お・ま・え』と呼んでいただければ、それでよろしいのに」
長老は頬に手をあてて顔を赤くした。アルマが、ジロッとスペスをにらむ。
「そ、そんな呼び方してないよね?」 スペスが慌てて言った。
なにかを察したアルマは、スペスの服をひっぱり、小声で耳打ちをする。
(スペス……この長老さんけっこうクセがあるから気をつけてね)
(そうなの? そんなふうには見えないけど?)
(甘い。油断してると痛い目をみるわよ)
(痛い目だって⁉)とスペスが言った。(それは見てみたいなぁ!)
(はいはい……じゃあ好きにしなさい)
あきれた顔で、アルマはスペスからはなれる。
「うーん、とりあえず最低限の話は訊けたのかしら? 細かいことを言い出したらいくらでもあるけど、キリがないし」
「実際に見てきたほうが早いかもね」
とスペスも同意した。
「でも、わたし達の事情を知っている人がいてくれたっていうのは、助かります」
アルマがあらためて長老を見ると、長老は嬉しそうに微笑んだ。
「それは良かったです。少しでも、おふたりから受けたご恩をお返しできるのなら、この村を牛耳った甲斐もあるというものです」
「いま……〝牛耳った〟って普通に言いましたよね」
「いえ、言ってません」微笑みをくずさずに、長老は言う。「聞き間違いでは?」
「……まぁいいです。助かってるのは事実なので」
アルマは追及をあきらめた。
「あ、そうだ! わたしの家って、あそこの治療院でいいんですか? すっごく大きくなってて、違う家かと思ったんですけど」
「ええ、そうですよ」と長老はうなずいた。
「アルマさんのお宅は代々治療院をやっていらして、ご家族のほかにも治癒師を雇っていますから、大きいのは当然です」
「ちょっと、実感がなさすぎるんですけど……」
「集落にも往診していただけるので、昔から助かっております」
「そうなんですね。わかりました、じゃあ、このあとで行ってみます。まだ不安ですけど……」
「ところで、ボクはどうしたらいいのかな?」スペスが訊く。
「小屋はいま、長老さんが使ってるんでしょ、他にボクが泊まれる場所ってあるのかな?」
「お兄ちゃんは、ぼくたちと一緒に住めばいいんじゃないの?」タッシェが言う。
「そうですね、この小屋は、いずれスペスさんが使うものだと、メイランさんから聞いておりましたし……」
「そんなのダメッ! ダメですよ!」
アルマが即座に却下した。
「と、年若い男女が、ひとつ屋根の下で一緒に寝起きだなんて、ふしだらです! なにかあったらどうするんですか!」