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作者: 犬物語
アナタはトクベツなヒト
酒はゆっくりチビチビ呑むといいよ
 オッサンとオジサンがふたりそろってむーんって顔。

(でも意外だが。バーテンダーさんおさけのいろいろ・・を知ってそーな顔してるけど)

 このおさけはおいしくてこっちはまずいよーとか。

 どんなおさけと食べ物が合うのかーとか。

「これ以上のむと記憶がなくなるよーとか」

「はぁ? グレースそりゃいったい何の話だい?」

「ううん、なんでも」

 おさけのめないからよくわかんない。

「ひとと呑み交わしができないぶん、私はつくる専門としてみなさまをあっと喜ばせる工夫をしております。たとえば、やり過ぎは禁物ですがこのようなおあそびも――」

 おもむろにテーブルの下から両手いっぱいの氷を取り出す。指の間には何本も鋭利な刃物が。あー切れ味よさそう。たぶん人の肉くらいならサクッといけちゃうくらいだわアレ。

 そんな切れ味よきよきなナイフを、紳士系バーテンダースティさんは氷を削るために振るうのでした。

(って疾ッ!)

 腕が分身してるぅ!

「へーすげえ」

 身を乗り出して彼のパフォーマンスを見つめるスプリット少年。突然の腕さばきにみんなあっけにとられるあいだ氷がどんどんけずられていきます。

 あとに残ったのはパウダースノーのごときマイナス温度の砂粒。スティさんはそれをテーブルの上にドサァっと振りまいたのです。

「うわーきれー」

 木の色のまったいらなテーブルが一瞬にして銀世界にはやがわり。その上に平らなコップを置いて、銀の砂粒が空中に舞うなかでなめらかに腕がうごき、まるで操られているかのように氷が巻き上げられていく。

 コップの中はからっぽだ。そこにテーブルとおなじような茶色っぽい液体を注ぎ、またバーテンダーのトーキングタイムがはじまる。

「本来はロックで楽しみたいところですが、ウイスキーは冷やしてしまうと独自の香りがなくなってしまいますので、ほどよく冷やしつつ、お客さまが楽しめる空間に仕上げるにはどうすればよいか、ちょっと趣向を凝らしてみました」

「……すばらしいな」

 うちの酒飲みはもうゼッチョーしそうです。だってほら手がふるえてるもん。はやくその液体を口にふくませろーみたいな。

「すごーい! ねえ他になにがあるの? みせてみせて!」

「こらグレース、あまり人を困らせることを言うな」

「ははは、喜んでいただけてなによりです。そうですねぇ、実は火を使ったパフォーマンスも考えていたのですが、テーブルをダメにしてしまいそうなので断念しました」

 うめえうめえ言うてアルコールをかっ喰らううちのオジサンに目をやりつつ、スティさんの表情はとても喜ばしそうだった。

「この世界には魔法使いがいるそうなので、その方に火の扱い方を教わる機会があれば良いのですが、残念ながらまだその機会に出会えておりません……さて、サービスはここまでとして、みなさまはドコからお越しなのですか? 見たところ旅の様相ですが」

「んあぁ、私達は首都を目指していてね、うん」

(あっ)

 オジサン酔っ払ってる。かおあけー。

(ってはやくない? いつもだったら五杯くらい飲んでもへーきなのに)

「そうですか、首都を目指しているのですか」

「異世界人の出現があまりにも多くてなぁ、彼らを保護するのと、この状況をおうさまに言っとかんと思ってな」

「ほう、国王にですか。しかし一国の王がそうそうかんたんい会ってくれるでしょうか?」

「へへん、オジサンすごいんだよ! えっと、なんだっけ?」

「何度も聞いた話だろう。二十年前にこの世界で大きな戦争があったらしいな。それで、言うところによれば彼がその戦争を収めたらしい。とても信じられないが」

 呑んだくれてイイ気分になってる中年に送られるジトーっとした視線。本人気づいてない。

「だから王様とも会ったことあってだな、まあ、なんとかなるさ知り合いも多いし。あーくそ」

 眉間にシワ寄せこめかみを押さえる。

「ウイスキーイッキは急すぎたなぁ酒がまわっちまった。グウェン、ちょっと回復魔法かけてくれないか?」

「おことわりします」

「そんなぁ」

「ダメです。おさけをのんでもかいふくまほうがあるからいーやー、なんて思ってほしくありませんので」

(グウェンちゃんキビシイ、でもナイス判断だぜ!)

 心のなかで親指立てました。

「それよりスティさん! アナタはどーやってこのバーに? なんさい? オトモダチにりましょ!」

「せめてひとつに絞れよ」

「えーいーじゃんスプリットくんだって気になるでしょ?」

「いや、そんなズケズケと聞くもんじゃねーし」

「構いませんよ。こういうお話はすきですから。そうですねぇ」

 天井を見つめなにかを思い出すように目を細める。そこにはどんな情景が映っていたのだろう? やがて、テーブルの向こうで佇む紳士がゆっくりと唇をひらいた。

「町の近くで目覚めましてね。このときはお腹を好かせていて食べ物に飢えていたのです」

「わかるその気持ち!」

「グレースだまって」

「で、訪れた先がこのバーでした。見ての通りの場所なので食べ物はありませんでしたが、主人のはからいによって私は生きながらえることができました」

「いい人だったんですね。それで、その主人はいまどこにいるのでしょう?」

「いまはおやすみ中です。ここは朝はやくから夜おそくまで開いているので、この時間は私が切り盛りしているのですよ」

 テーブルよりちっちゃい少女に向かって、スティさんはより紳士味が増した声色で答えた。

「一宿一飯の恩というわけではありませんが、助けていただいたお礼がしたくて、私はここで働くことにしました。いえ、正直言って右も左もわからぬ世界です。唯一助けてくれた主人方だけが信用できる相手だったので、私は否が応でもここで働きたかった」

「……そうですね」

 その言葉に少女が深くうなずいた。

「ここで働いていくうちに、ここが私がいた世界とはまったく別ものだと気づきました。はじめは戸惑いましたが、ここで働いているうちに人に興味をもつようになりました。この世界はなんだろう? この世界で暮らす人たちは何者なのだろう? ――働きつつ酒場に通う方々に話しかけたり、常連さんたちとダーツやビリヤードなどで遊んだり、アルコールの作り方もここで覚えたのですよ」

 まあ、呑むほうはからっきしでしたけどね。彼はおどけた調子でそう言った。

「スティさん、いろいろがんばったんだね」

「そうでもありませんよ? いろいろとみなさんと話していくうちにけっこーな人気者になりましてね? ふふ、これでも主人からキミのおかげで売上が伸びたと喜ばれているのです」

 彼の表情や声のトーンから、ほんとうにうれしいと思ってることがわかる。異世界人のなかにはサっちゃんみたいにうまく溶け込めなかった人もいるけど、スティさんみたいに馴染んだ人もいるんだ。

(わたしはどうだったんだろ?)

 オジサンがいなかったらどうなってたのかな? そう考えると、わからないけどなんか胸が締め付けられるような気がした。

「おかげで客層も良くなりました。以前はちょっと粗暴な方もおられたようなので」

「あぁ、そーいえばさっきヘンなジジイが追い出されてたな」

「ここは雰囲気も大事にしてるバーなので、ああいったお客さんはお断りしているのです」

「え? でも」

 わたしは自分の衣装を見る。旅のままこの酒場に入ったからあちこちドロで汚れてる。とてもこんないい場所? にふさわしくはないように感じる。なんだったらサっちゃんなんかほぼインナーだけだし。

「……お気づきになりましたか?」

 バーテンダーが意味深に笑う。首元の蝶ネクタイが怪しげに赤い光を放った。

この世界では・・・・・・異世界人に対して・・・・・・・・そのような扱い・・・・・・・をする場合が多い・・・・・・・・のです」
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