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作者: 犬物語
触手が需要あると聞いて
触手はどの時代でも触手だった
「もう朝なんですの?」

 意識の覚醒とともに再入眠拒否のドンチャン騒ぎ。音源はわたしです、たすけてください。

 つられて、となりのベッドで眠る僧侶も起き上がる。しかめっ面なところ悪いのですが、スライムに有効的なスキル覚えてませんかね?

「あわワわわわのーみショがシびれりゅう」

 アカンですよこの状況。手でどけらんないナイフで切り裂けないでもうやだー。

(うぐぅ、ど、どうにかしないと)

 思い出すんだ。これまでの旅路、スライムは何度か撃退したことがあった。その時はオジサンが細切れに切り刻んだり、ビーちゃんが特殊な弓矢を撃ち込んだりして、わたしやサっちゃんみたいな完全物理系キャラはどうやって倒してた?

(そうだ! 核があるんだ!)

 スライムにはガラス玉みたいなやつ。それを砕けば倒せるはずだ。サっちゃんが核を握りつぶしたとき、あのスライムは水のようにバラバラになった。

(どこかに核があるはず)

「って天井にひっついてるじゃんヒキョーものー!」

「うっさいわねぇ、いったいなんなの?」

 魔法少女がむくりと起き上がる。不機嫌あんど眠そうに目をこすって、起こされる原因をつくった美少女暗殺者に批難の目を向けた。

「なんなのよったく……こらあんず、その手を離しなさい」

「え?」

 遠くにいるあんずはきょとんとした表情。

「なんのことですの?」

「うそ言わないでよ、じゃあこれはなんだっていう――の――よ?」

 ドロちんはあんずちゃんの手だと思ってニギニギしてたソレに目をやった。

 うにょうにょしてた。

「――?」

 ミミズがでっかくなったみたいな。幼児体型な魔女っ子の手のひらでちょうど包み込めそうなサイズ。全体が赤茶色の体をなしていて、ネットリとした粘液がドロちんの手にべたり。

(うえっ、きもちわるぅ)

 本能的嫌悪感を感じる。それを直に触れちゃったドロちんの心境やいかに?

「――ギ」

「ぎ?」

「ぎゃああああああああああ!!!!!!!」

(知ってた)

「何事だ!?」

「モンスターですわ! 囲まれていますわよ」

「あー、ごめんだけど助けてくれるかな? カラダがシビれてうごけなななななな」

「グレース! 待ってください今助けますわ!」

「ちょ、この! やめろこのクソ触手うちのカラダに巻き付いてくんな!」

「そいつはローパーだ。触手自体は脆いから風スキルで切断するのだ」

「うっさいわねわかってるわよ!」

「ブーラーさん! スライムってどう戦えばいいんですの!?」

「どこかに核があるはずだが、奴らは狡猾故にどこぞへ隠しているだろう」

「もしかして、あの天井に張り付いてるアレですか?」

「届かんな。暫く耐えてくれグレース」

(はは、ウケる)

 もうメチャクチャだよ。

「うざったい! ネバネバする! もうやだ! 絡みつくなってばー!」

 風スキルを行使し何本もの触手を切断していくドロちんだったが、盗賊イジメで精神削られたか目に見えて疲れてる。

 触手の本体であるローパーは遠距離からそれを伸ばしてた。切断されたとこから血っぽいモノは出てたけど、それを身体にひっこめて新しい触手を伸ばしてはドロちんの足や手に絡みつこうと襲いかかる。

「ヒィ! や、やめてっ」

 必死に応戦するドロちんだったが、善戦むなしく左手以外ぜーんぶネチョネチョのウネウネに緊縛されてしまった。その過程で手に持っていた杖も落とされてしまい、スキル行使できるものの、媒体なしでは大した威力もなく、ローパーにとって今のドロちんはただの少女と化している。

「あ! ちょ、入ってくるなァ!? ヌルヌルするやだああ!」

 盗賊との戦いで破れたのか、魔法使いよか魔法学校の生徒っぽく見える白黒の衣装のスキマに触手が数本潜り込んでいった。

「ドロシーさん!」

「ごめええええんこっちもやばばばばばばば」

(はえ~アタマのなかキモチーんじゃぁぁぁ)

 スライムはわたしの頭をすっぽり包み込み、ご丁寧におくちだけ開けて呼吸を確保してくれている。あれ? もしかしていいヤツ?

(ンなワケねー)

 じゃあなんで? とぼんやりした思考回路で考えつつ違和感。スライムが透明な緑のカラダ? でちょっとずつわたしの身体を侵食していく。その触れた節々に穴が開きはじめ、剥き出しになった肌に熱くてピリッとした感触を覚えた。

(なに? ――これ、カラダがアツくなって)

「ンッ――はぁ、ァんず、ちゃん」

「グレース!?」

 絞り出すように声をあげ、あんずちゃんは悲痛な叫びのままゲル状の塊に斬りかかる。切り裂いたそれはすぐに元通りになった。

「なんか、おかしい、の。わたし、カ、からだガあつ、い、の」

 スライムに触れられた場所がチリチリする。血流が増して、鼓動につられて呼吸までおかしくなっていく。

 この気持ちはなんだろう? あんずちゃんを見てると、なんか身体の奥深いところがズンと重くなっていく感じがする。

(やぁ、そんなトコはいってこないで)

「はぁあ! ンッ」

「あーもうどうすればいいんですの!? ブーラーさん、僧侶が使えるスキルにスライムとローパーを撃退できるものはありませんの?」

「無茶を言う。しかし無いこともないが」

「あるならさっさと使いなさいよー!」

 遠くで必死こいた魔法少女の嘆きが聞こえる。

(しんけいどく、かな……これ)

「ブーラーさん!」

「仕方ない。みな目を閉じろ!」

 みんなのリアクションを待たず、僧侶は粛然しゅくぜんと両手を合わせ祝詞を唱え始めた。

「輪廻転生の理から外れし哀れな者どもにやすらぎを与えん――スキル、天罰てんばつ!」

 瞬間、彼の手から光が溢れた。

「ふぁあぁぁぁ」

 太陽、あるいはすべてを包み込む慈愛の光。深夜の洞窟において、それはまばゆく世界を包み、少女を縛る枷に救済という罰を与える。

 輝きは真昼の草原のように明るく、浄化の光が過ぎ去った世界は深淵の闇のごとく深い。すべてが終わった後、身体にまとわりついていたスライムは跡形もなく消滅していた。
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