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作者: 犬物語
そんな装備で大丈夫か?
大丈夫だ、問題ない
(あぇぇ)

 おしりから地面にぶったおれつつ、身体にまとわりついていた粘液の気配を探っていく。

 どこにもない。見上げた先にスライムの影はなく、そこにあった核さえ消滅している。

 周囲に気を向けてみれば、ドロちんの四肢を拘束していた触手も、その本体も消え去っていて、ドロちんはただ呆然と身体と手に残った粘液をまじまじと見つめていた。

 で、叫んだ。

「コレも消しなさいよお!」

「ムリだ。このスキルは拙者が"あく"と断じたものにしか作用せん」

「ざけんな! このベトベトだって極悪じゃん!」

 キンキンうるせー。ぼやぁっとした夢心地でそんな金切声を聞いてたところ、背中にそっと暖かい感触をおぼえた。

「グレース、だいじょうぶですか?」

 声の主はあんずちゃん。心の底から心配そうな表情で、白黒コントを繰り広げるそっちとは裏腹にほのかな百合の香りを漂わせている。

(あぁ~やさしさにトロけるんじゃぁ~)

「やっと終わりましたわね」

 ほんとソレ。マジでそれ。いっつおーばー。

「今はムリせず横になってくださいな」

 言うて、みんなの憧れ女騎士さまがわたしの身体をお姫様だっこして、さっきまであんずちゃんが使ってたいー香りのベッドまで運んでくれました。

「イケメンすぎて鼻血が出そうです」

 キネレットちゃんが憧れるわけだわ。

「なにか言いました?」

「ううん、なんでも」

 主人公特有の聴力低下ありがとうございます。一方そのころ、あちらではまだ罵詈雑言の絶叫コントが繰り広げられていました。

「そんなスキル持ってるならはじめから使いなさいよ!」

「精神消費が激しいのだ。そうやすやすと行使できぬし、もしもの蓄えがなくなってしまう」

「いつも傍観者気取りのクセになにエラソーなセリフほざいてんのよ、もうッ」

(なんにせよ助かったぁ……いや、助かってないか)

 毒の暴露から開放され、ちょっと楽になった気持ちを奮い立たせつつボロボロになってしまった自分の装備が目にはいる。

(ビーちゃんがいればお裁縫してくれたんだけどなぁ)

 もはや旅装用途に耐えきれないだろう。かくなる上は分解して継ぎ当て用に使うか、思い切って普段着にしちゃう?

(ないわー)

 スライムの粘液にまみれた普段着とかないわー。しゃーない。とりあえず予備の服で凌ぐとして、次の町で新しい装備を新調しよう。

「オキニだったんだけどなー。ねえブッちゃん。レブリエーロまであとどんくらい?」

「洞窟を出れば半日足らずだ。だが今はダメージを回復することだけ考えたほうがいい」

 言って、彼はこちらに歩み寄り治療用スキルを行使した。敗れた服のせいで、ところどころ肌が露わになっているけど、ブッちゃんはそれに対しおくびにも出さず対応してくれる。

「とにかく休め。見張りは拙者がしよう」

「うん、ありがと」

 その一言があって、わたしははじめて全身の力を抜くことができた。それから自分でも気づかぬうちに睡魔に包まれ、ものの数秒で意識を手放した。





 朝であることは、天井の穴から差し込む日差しが教えてくれた。

「ん――」

 ななめに走る光のライン。それが洞窟に少しずつ明るさを与えていき、不確かな意識をやさしく覚醒させていく。それと同時に、わたしの嗅覚がおいしそうな香りをキャッチした。

 おなかがぐるると鳴る。戦闘とスライムの毒によってエネルギーが枯渇した身体が、はやく栄養を摂取せよと叫んでる。その主張につられ身体を起こすと、続けて耳が沸騰する水音を感じ取り、鍋をかきまわす少女の姿をとらえた。

「お目覚めかしら?」

 あんずちゃんは、いいにおいのする鍋におたまを突っ込んでる。

「ちょうど出来上がったところですわ。味見してくださいな」

 それをグルグルまわし、こちらにことばを投げかける。あんまりにも母性マシマシなのでこちらも思わず。

「おかーさん」

「え?」

「なんでもない」

 おいしかったです。

「体調は問題ないか?」

「うんダイジョーブ。ありがとね」

 盗賊の稼ぎ食糧をメシの種にしつつ、わたしは在庫インベントリで予備の服装に着替える。

(ふふん、せっかくだからオジサンにペケされたファッションしちゃうんだー)

 ゆるめの生地でこしらえられたネイビーのスラックスにライトグレーのスウェット。とある町で発見し気に入った服なんだけど、オジサンから「暗殺者がそんなぶかぶかの服着るな」と言われて以来タンスの奥にしまわれていたもの。こっちの異世界感がある服も好きなんだけど、こういうのもたまにはいいじゃん?

「ったく、さんざんだったわよ」

「おお! ドロちんもかわいーね!」

 遅れて、洞窟の影から同じように着替えを済ませた魔法少女が姿を現した。

 薄暗い空間でも存在感を放つ真紅のケープブラウス。それにマッチするような、やや茶色めのカーキ色に染まったスカートパンツが映えばえのバエ。

「ザ・魔法少女ってかんじするじゃん!」

「なによそれ」

 少女は適当な石に腰掛けパンを貪った。文句を言いつつも腹が減っては話し合いはできぬ。予想外のイベントが続いたけどこれからどうしましょう?

「洞窟に入ってからかなり進んだはずだから、もう出口が近いと思われる。故に早めに出発して空が朱くなる前には次の町へ到着したい」

「そうですわね。幸いにも、ここで物資調達が叶いましたから備蓄には余裕がありますわ」

 ドロちんが意外そうな顔をした。

「へぇ、あんずのことだから、盗賊とはいえ他人のものを奪うなんて、とか言い出すと思ったわ」

「状況が状況ですから仕方ありませんわ。それよりもブーラーさん、ここから先はどのような道のりですの?」

「案ずるな。洞窟を出て獣道を抜ければ、その後は通常とおなじ整備された道を歩くことになる」

(洞窟を出て獣道を抜ければ、ねぇ)

 そこで何かと出くわさなきゃいーけど。たとえばマモノとかマモノとかマモノとか。

 そういうこと口にだすとホントになっちゃうから黙っとく。

「食事を終えすこし休んだら出立しよう。平気か?」

「問題ないわ」

「だいじょーぶ!」

 ブッちゃんがこちらとドロちんに目配せし、ドロちんは真新しい衣装でフレッシュに答えた。こっちだってぜんぜんヘーキだよ!

「そうか」

 ブッちゃんは見る人を安心させるような微笑みを残しつつ、皿に残った食べ物をすべて口元へと運んでいった。
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