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作者: 犬物語
ブルームーンの商売
やっと主人公っぽいこと? ができた
 グレースの姿が完全に消えた。
 こうなれば、わたくしたちが彼女の気配を感じ取ることはできない。
 少々不安ではあるけれど、彼女の帰還を信じて待つしか道がなくなった。
 それよりも気になることがある。

「本当にギルドへ報告しなくて良かったんですの?」

 ひとつの疑問。
 その矛先を、わたくしは自身の所属する旅団団長へと向けた。

「面倒事が増えるだけだ」

 相変わらず不機嫌そうな面構えだ。
 この団長は何を考えてるのかわからない。
 表情も言葉でも。かなか本音を漏らしてはくれない。
 ここは市街地や人々の居住地を抜けた先にある。石に覆われた淡白な街並みと違い、ここにはある程度の緑があり、すべて敷地なのか広場のような空間があり、その最奥にて堀に囲われた塔が立っている。

「規定でな。国からの依頼は細かいことまで報告しなきゃいけねーんだよ」
「それってただの面倒くさがりでは……」

 呆れた。報連相はチームワークにおける必須事項のはずなのに。
 彼女はただめんどくさいという理由でそれを怠ったのですか。

「逆に賢い選択かもしれないわね」

 思わず口から漏れた。
 ドロシーさんがそんな心持ちのセリフからさらに続けた。

「ギルドへの依頼とはいえ、国の問題ならレブリエーロの衛兵が動くはずよ」
「ならそれで良いのではなくて?」
「いや、そうとも限らん」
「ブーラーさん?」
「我々がギルドへ報告すれば、その一報はすぐ公的機関に知らされる。あんずよ、街中の衛兵が動けば盗賊幹部連中はどう考える?」
「それは、まあ」

 バレた、と思うでしょうね。
 その結論に至る時間を待って、こんどはさくらさんが続けた。

「おれだったらすぐ逃げるな」
「で、衛兵が突撃かけたところで捕まるのは下っ端連中だけ」

 事情を知った風の女性ふたり。
 なんだか仲間外れにされた感があってモヤッとしますわね。

「で、でもギルドや衛士えいしのみなさんに事情を話せば」
「ムリだな」
「団長、そんな即答しなくても」
「信じろ。にんげん・・・・のことはおれが一番わかってる」

 それから、団長は少年のほうを向いた。
 頭が彼女の眼の前にある。
 そっと手をもっていき、ぽんぽん。

「あふ」
「幹部連中に逃げられたら、そのついでにこいつの大切なものまで持ってかれるかもしれねーだろ?」

イギー「ねえ、なんでみんなここにいるの? はやくいこーよ」
さくら「グレースが今侵入して偵察して情報収集してるから待ってろ。ギャーギャーうるさいがウデは確かだ」

「だからお前も、盗賊のアジトの場所を言わなかった」
「……うん」

 少年はこくりと頷く。

「路地裏でケンカがあったんだ。でもちょっと小突いただけで殴ったり叩いたりはなかったんだ! でも、警察の連中がたくさん来て取り囲んで……みんな勝手だ」

 最後に絞り出した言葉。
 それにはいろんな感情が混じっていた。
 たぶん、この他にもいろいろな経験をしたのでしょう。
 年端も行かぬ子どもが経験から導いた確証染みた言葉。
 そんな気配を感じ、わたくしは口を挟むことができなかった。
 そのかわり、イギーくんの繊細な気持ちに気づいていた団長へ視線を向ける。

「自分の心は閉ざすのに、他者の心には敏感なのですね」
「知り合いに同じ思考回路のヤツがいてな」
「へぇ、それはだれですか?」
「気にすんな。この世界じゃ逆立ちしたって会えねぇよ」

 ったく、今何してんだか。
 団長は誰かに憎まれ口を吐き出して顔を背ける。
 気流が乱れ、グレースが侵入した塔から風が舞い降りてくる。
 そこにかすかな仲間の匂いを感じた。

(グレースさん)

 どうか無事でいてください。
 あなたにもしものことがあれば、わたくしはヤツらを絶対に許しませんわよ。





(よっと)

 わたしは音をたてずに着地した。
 声を出すのはガマンした。
 ぐぬぬ、これがいちばんむずかしい。
 そしてすかさず近くの影に隠れる。

(んふふ、隠密の基本技術だよねー)

 周囲を見渡す。
 人影なし。

(窓があった位置からしてここは三階のはず)

 侵入自体は簡単だった。
 異世界人の身体能力ならワンジャンプ。
 ヤギさんほどうまく登れないけど翔べば問題ないよねっていうかヤギさんの壁登りスキルやばくない?

(さーてどれどれぇ?)

 ふと横に目をやると、木の枠に収まった本がたくさんあった。
 どうやら本棚の間に潜り込んだらしい。
 見上げても数段積み上がった本棚がこんにちは。
 左右に目を配っても本ばかり。うーん頭がいたたたた。

(ドロちんやブッちゃんだったら喜ぶんだろうな)

 外から見た図書館は太い円柱状。
 中から見れば比較的シンプルなつくりをしていた。
 壁一面に本棚がミッチリ。
 近くには机が整列しており、たぶんここで本を読むのだろう。
 窓の光が差し込んだとき、ちょうどそのエリア一帯に光が当たるよう設計されている。
 壁は相変わらずの石造り。本棚は木造だね。

(コンクリートかな?)

 石と石のつなぎ目がない。思わずコンコンして確かめてみたくなったとき、不意に人の気配を感じた。
 コツコツと地面を叩く音。
 革かなにか、そんな素材の靴が石の床を叩く音だ。

(灯りが近づいてる)

 吹き抜けの階下からぼんやりとした光が放たれている。
 覗き込むと、火の魔法じゃなく白い光を持つ手が見えた。
 ガラス灯籠に光の魔法を閉じ込めているみたいだ。
 本を燃やさないためだろうか?

(こんな時間にお勉強?)

 いや違う。
 そんなことするのはドロちんみたいな一部のおかしな人だけだ。
 ドロちんとこいつは違う。
 だって服装がもうアウトだもん。
 今は頭部を隠していないけど、あれはフード付きのレザーアーマー。
 ボロキレみたいになったマント。
 ツギハギだらけのズボン。
 イカつい顔。頬に傷。

(どーみても盗賊ですありがとうございます)

 ひとりかと思いきや複数付いてきた。
 それがひとつの本棚に集まり、それを動かしている。

(んーこっからじゃ見えない。もうちょい近くで)

 相手からも視認性アップしちゃうけど仕方ない。
 わたしは吹き抜けと空中の際まで寄った。
 フェンスがスキマだらけなので近くの柱に身を隠した。
 彼らの話す声がこちらに届いてくる。

「間違ってこぼすなよ?」
「わかってる。汚しちゃバレるからな」
「それだけじゃねえ、そいつを吸ったらマトモに歩けなくなるぜ」
「へっ! 言えてら」

 本棚の本をすべて抜き取り、その中に手を伸ばしてた。
 その手を引いたとき、それは本ではなく何らかの袋があった。

(なんだろう?)

 じっと目を凝らす。うーん暗闇にあるものを見るのは得意だけど遠いのはちょっとなぁ。
 透明な袋に包まれた……白い粉?

(小麦粉かな?)

「次だ。ほら気をつけろ」

 盗賊たちは次なる荷物を取り出しはじめた。
 こっちは形状からしてわかりやすい。
 いろんなデザインの武器。
 剣に弓にそのほか諸々。
 中にはオジサンが使ってたような筒が長いタイプの銃まである。
 どうやってそこに収納した? とツッコミたくなる量だ。

「しっかし、こんな所にこんなブツがあるとは誰も考えねーだろうな」

 作業中の男のひとりが腰を伸ばし振り返った。
 一瞬目が合いそうになり引っ込む。
 気づかれてないようだ。
 少しの間柱に潜み目を閉じる。
 目視しただけで端役が三人に指示役がひとり。
 声だけ聞こえたのがふたりくらいか。
 ちょっとよくわからないけど、見つかったら不利な人数だ。

「休むなよおめーいつもそうだな」
「だってよぉ、毎日こんな地味な仕事疲れるぜ……たまにゃ大暴れしてーな」
「だったらガラリーに戻るか?」
「やめとけ、あそこは腕が立つ旅人が通ることが多いから放棄すると伝達があっただろ」

(ガラリー?)

 聞き覚えのある単語。わたしの意識が二段階覚醒した。

(どういうこと?)

 ガラリーやレブリエーロまでの道中で遭遇した盗賊たちと何か関係ある?

「もったいなくねーか? ガラリー経由ならフラーから最短だろ」
「お前も聞いたろ。そっち方面は旅の連中に壊滅させられた」
「ああ聞いたぜ。なにやら異世界人の仕業だと聞いたが」
「誰でもいい。いずれにしろレブリエーロにはオモテ経由の運搬だ」
「……へへへ」

 そこまでの流れで一言もしゃべってない野郎が口を引きつらせた。

「これを売り払ってフラッツ・スワンの足がかりにするんだろ? ったくブルームーンの連中も幅が広いな」
「ただの土地ころがしかと思えば、武器に薬物おまけに傭兵稼業まで」
「へへへ、フラーに足向けて寝れねーよ。なんてったって正規兵として雇ってくれんだから」
「こんなオレ達にメシの種をくれたんだ。しっかり働けよおめーら」
「おうさ!」

 必要な荷物をすべて取り出し、彼らは本をもとに戻し始めた。
 続けて別の本棚に着手していく。
 ここは盗賊たちにとって荷物の隠し場所だったらしい。
 それよりも、わたしの脳裏には聞き覚えのある単語がチラついている。

(ブルームーン)

 ここでもその名前。
 もう、あんずちゃんを騙したりオジサンのおうちをメチャクチャにしようとしたりいったいなんなの?
 でもこれで点と点が繋がった。
 ガラリーからずっと続く盗賊騒ぎはぜんぶブルームーンの仕業だ。
 こいつらはブルームーンに雇われたゴロツキ。
 これらの情報を持って帰るか、それともさらに情報収集するか。
 そんな迷いを断ち切るような、低く落ち着いた声が図書館内に轟いた。

「順調のようだな」

 声質は男。身長は高く見えるけど全身をフードで包んでいるためその他の情報が得られない。
 その声に周囲のゴロツキが一斉に目を向ける。

「かしら!」
「静かにしろ。ここは書物に目を通す場所だ」
「なーに言ってんですか。ここにゃあかしらとオレら以外だれもいませんぜ」
「ふっ……どうだろうな」
「ッ!?」

 男と目が合った。
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