残酷な描写あり
第十話 『雷狼と鬼神と黒薔薇の騎士』
ノア達が東の拠点で戦っている時、西の拠点に向かったジーク達は拠点があるらしき場所に到着した。
しかし、辺りには森と巨大な岩山だけで拠点の様なモノは何も見当たらない。
「この辺りのハズなんですけど……」
「レイシアちゃん、匂いはどこに続いてる?」
「匂いは……」
レイシアはホワイトウルフに匂いの跡を追う様に伝える。
「ワン!」
ホワイトウルフは巨大な岩山の前で止まり、吠える。
「ここ……見たいですね。 うーん、何も無いですよね」
「いや、そこで間違ってないぞ」
「どう言う事ですか?」
ヴォルフは岩山に手を当てて、目を瞑り魔力感知を発動するが魔力感知に何も反応しない。
それにより、本拠地の場所が岩山であると確信したヴォルフは静かに感情を抑えているジークに声をかける。
「ジーク。この岩山、壊せるか?」
「その中か?」
「ああ、賊共がよく使う手だ」
「ん? どういうこと――」
【――日天流奥義・満天の太刀!!】
ジークは天高く突き上げた赤い剣を巨大な岩山に全身全霊を持って振り下ろす。
その一撃によって、高さ十メートルを超える程の巨大な岩山が真っ二つに割れて中に続く洞窟の入り口が現れる。
「え? ……い、岩山が…………割れた?」
レイシアは余りの出来事に狼狽える。
「レイシアちゃんは隠れてな」
「は、はい……」
「何が昔はだよ。こんなデケェ岩山を一撃で割る奴なんて見たことねーぞ」
「行くぞ、若造」
「おうよ」
◇◇◇
岩山の中は大きく開けた洞窟になっており、巨大な砦が存在する。
黒薔薇の騎士はここを本拠地として活動している。
現在、大勢の手下達は鎧を身につけた男を中心にして宴をしていた。
「ん? 今、なんか音しなかったか?」
「いや、聞こえなかったっすよ」
「そうか、気のせいか……」
「はい! 飲みましょ――」
「馬鹿か?」
「――ぐッ」
男は手下の一人を手に持つ樽ジョッキで殴り飛ばし、フラフラっと立ち上がる。
「気のせいじゃ無かったらどうすんだ? おい? それを確認してくんのがテメェら手下のする事じゃねーのか?」
「す、すいません! いま、すぐ確認しに――」
「冒険者か、ギルドの奴らが来てたらもぅ遅いんだよ! ボケ!」
男は手下を何度も蹴り付け、気づくと手下は気を失っていた。
「はぁ? 誰が気絶していいとか言ったか? おい、誰かコイツ外に捨ててこい。で、入り口も見てこい」
近くにいた手下達が気絶した者を担いで、入り口の方に走って行く。
そして、男は元の席に戻り新しい樽ジョッキを手にして、酒を飲もうとした時、洞窟に鬼神の怒号が響き渡る。
◇◇◇
「ジークは娘を探せ、雑魚共は俺が――」
「アリサを! 返せぇえ!!」
ジークはヴォルフを言葉を聞かずに、軽装の手下たちを吹き飛ばしながら、砦に突き進む。
「ったく、少しは話を聞けよ。……コイツら盗賊団なのか? それにしても、やけに数が多いが…………黒薔薇? いや、それは無いかアイツらは」
「消えたって?」
手下たちの中から鎧を身につけた男が姿を現す。
ヴォルフはその男の特徴的な鎧を目にした途端、自分の血が逆流するのを感じた。
「良かったぜ、生きててくれてよ」
ヴォルフはそう言うと、二本の刀を抜き魔力を込める。
「よかった? ……あ〜あれか、復讐って奴か。そんなの辞めとけ、感情で冷静さを欠いてろくなことになら無い」
【――剣技・雷刃】
雷を纏わせた刀を勢いよく振り抜き、雷の斬撃を飛ばす。
【剣技・水刃】
鎧の男は迫った雷の斬撃に水の斬撃を当て、攻撃を防ぐ。ヴォルフは相手の持つ武器に見覚えがあり、呟く。
「水の魔法武器……。なるほど、ここ二年の間で魔法武器を持った冒険者を襲ってたのはコイツらだったのか。俺の予想は当たってたのか」
「なに、ぶつぶつ言ってんだ?」
【剣技・天鼓天雷】
刀から激しい雷が溢れ出す、それを刀の切っ先に集めて相手に対して解き放つ。
雷は一つに纏まった状態で一直線に突き進み、当たる直前で八つに分かれて相手を襲い、閃光が包み込む。
「ディランさん! 大丈夫ですか!」
手下たちが心配の声を上げる。
「あ? 誰に向かって言ってんだ? この程度で、この俺がやられる訳ねーだろが」
鎧の男ディランの声を聞き、手下たちは安堵の言葉を口にする。
「で? テメェらは何してんだ? あっちで暴れてる奴をとっと殺ってこい」
手下たちはディランの言葉に従い、ジークの方に向かう。
「悪いなジーク、依頼は辞めだ。俺は村の皆んなの仇を討つために冒険者となった、その目的を……今、果たす!」
「ハハッ! ありきたりだな! そんな奴、今までに何人も居たってんだよ!」
「――それだけ、貴様らが多くの人々の命を奪ってきたと言う事だ!」
「それの何が悪い?」
【――剣技・雷火万雷】
「――ッ!!」
ヴォルフの刀が赤い閃光を放つ、その間にディランとの距離を詰めて雷を纏った二本の刀を交差させて斬りつける。
「ぐぅッ!」
【剣技・紫電蒼雷!!】
右の刀が紫色の雷を纏い、左の刀が蒼い雷を纏う。
その二本の刀を下から上に交差させて、先程と同じ箇所に斬りつける。
「がぁぐッ!」
ヴォルフの二回の攻撃で、ディランの鎧には斜めに交差した大きな傷が付き、ひびが入る。
「調子のんな! ――【剣技・水刃撃狼波】
ディランの剣を水が覆う、その剣を横薙ぎに振り抜き、大きな水の斬撃を飛ばす。
ヴォルフは迫る水の斬撃を体を捻りながら飛んで避け、ディランに攻撃の隙を与えずに畳み掛ける。
「――くそッ! 手数が多いッ」
ディランはヴォルフの刀二本での連続攻撃に防戦一方になる。
圧倒的な手数が攻め立てるヴォルフだが、先程繰り出した【雷火万雷】と【紫電蒼雷】は二つとも身体に大きな負担がかかる大技であるため、ヴォルフは早いこと決着をつけなければならない。
「うぜぇ! 【剣技・水刃飛瀑】
ディランの剣を水が覆い、どんどん膨れ上がっていく。それを、地面に叩きつけると膨れ上がった水が破裂して大量の水が勢いよく二人を押し流す。
「離れたらこっち者だ! 【剣技・水刃大瀑布】」
ディランの剣を再び水が覆う、その剣を勢いよく振り下ろすと先程とは比べものになら無い程の大量の水が大波となってヴォルフに迫る。
対するヴォルフは目の前に迫り来る大波に覚悟を決めて、残った全魔力を刀に込める。
「――ガハッ」
しかし、その途中でヴォルフの肉体は限界を迎え、膝を突いてしまう。
迫り来る大波にヴォルフは押し流されて、洞窟の壁に激突して埋まる。
「もぅ動けねーだろうが、お前は確実に殺す。【剣技・水刃千波斬】!」
ディランが剣を横薙ぎに振り抜き、水の斬撃を放つ。
放たれた水の斬撃は進むにつれ、波の様に徐々に大きくなって壁に埋まるヴォルフに直撃した。
「……テメェのその鎧は王級魔術師にでも、頼んだのか? 硬すぎだろ」
ディランの攻撃で洞窟の壁に横一直線に深く切断された跡が残り、その線上に居るヴォルフは鎧に横一直線のひびが入っただけで済んでいた。
「まぁいいわ。テメェ殺して、その鎧も武器も使ってやるから、今度こそ死ね! 【剣技・水刃逆波】」
ディランがヴォルフに肉薄し、渦巻く水を纏った剣を切り上げる。
「クーちゃん! ヴォルフさんを守って!」
「――バァウ!」
「あ?」
ヴォルフの足元から巨大なブラックウルフが現れて、ディランに巨大な爪を振り下ろす。
ディランは、剣で爪を弾いて距離を取る。
「使い魔か、だるいな。って、ギルドの奴じゃねーかよ、チッ」
ディランは洞窟の入り口に居るレイシアを殺意の篭った目で睨み付ける。
「レイシアちゃん……ダメだ。コイツらは君じゃ」
「分かってます! でも! せめて、やれる事をやらないと!」
「何、ごちゃごちゃ喋ってんだぁ? どのみち、どっちも殺すから安心しろ――ッ?」
その時、砦の壁を破壊して黒薔薇の鎧を身につけた淡い紫色の髪の男が飛び出して来る。
その男の鎧は縦一直線に少しヒビが入っていた。
男はディランと背中合わせになり、それぞれの相手を見据える。
「ディラン! 手伝え、このデカブツかなり強いぞ」
「は? いや、なに遊んでんだシオン。 普通にやれよ」
「いやいや、本気でやってるんだけど?」
そう言いながら、シオンは口元をニヤつかせている。
「そっちはなんで、まだ殺せてねーの? もしかして、劣勢と言うなよ」
「はぁ? んな訳ねーだろ。もぅ、終わるわ」
「みんな! 一斉攻撃!」
会話中の黒薔薇の二人にレイシアが使い魔に一斉攻撃命令を指示する。
ブルーイーグルが青い炎を吹き掛け、四体に影分身したブラックウルフが四方向から囲む様に襲い掛かる。
それを、二人は難なく対処してそのまま、それぞれ相手に肉薄する。
「貴様の脳天をブチ撒けて、アリサ居場所を吐かせる!!」
「少しは落ち着いたらどうだ? 龍殺しの英雄さんよ」
「――ダマレ!!」
ジークは額に今にも血を噴き出してしまいそうな青筋を幾つも立てて、シオンの言葉を遮る様に妻の形見である赤い剣を脳天目掛けて振り下ろす。
「剣の軌道は読める」
シオンはジークの体内の魔力の流れを読み取り、剣の軌道を見切ってそこから身体を外し、すれ違いざまに斬りつける。
「なのに、避けれない。ったく、早すぎだろ。しかも、俺の攻撃は大した効いてないしな」
シオンがすれ違いざまに斬りつけた、胴体は少しだけ切れているが、血の一滴すら流れない。
対してシオンは、脳天への直撃は避けたが再び鎧を縦一直線に斬られて少しヒビが入る。
「逸らしてはいるから、直に剣が鎧に触れては無い。なのに、この威力か。イカれてるな、一撃必殺の日天流……いや、コイツだからか」
「――ガァウ!!」
「マジでウゼェーなぁあ!! クソ犬共!」
その時、ディランは更に影分身して数が増えたブラックウルフとホワイトウルフの猛攻に手こずっていた。
「ディラン! 魔法武器の有用性に頼りすぎたツケだぞ。しっかり、ワンコロに指導して貰え」
「くそ、ウゼェ! 【剣技・剣の舞】」
ディランは自身の斬撃と斬撃を高速で一斉にぶつけて、自身の中心に斬撃の衝撃波を放ち、周囲を囲むブラックウルフとホワイトウルフを切り裂いて吹き飛ばした。
「ガァルルル」
吹き飛ばされたブラックウルフは影に沈み、ホワイトウルフは傷だらけの体で立ち上がり、ヴォルフの前に立ち塞がる。
レイシアは、動けないヴォルフに懸命に治癒魔術を施す。
「はやく、逃げるんだ。俺の身体は今、魔法武器の反動で動かないだけで、幾ら治癒魔術をしても」
「でも! 怪我もしてます! 少しでも、万全の状態で戦える様に!」
「ハハッ! 懸命だなぁ〜。諦めなければ、勝てるとでも? 残念ながら、あっちでデカブツと遊んでる団長はこの俺よりも、ずっと強いんだぜ。お前らじゃ、無理だろ」
「ノアさんとアイリスさんが居ます!! 四人なら、勝てます!」
「そのお仲間は今どちらに? ビビって逃げたんじゃ。って、東の拠点か……。なるほど、馬鹿が付けられやがったのか、後でソイツ殺すか。でもまぁ、あっちの拠点にも幹部が二人居るからな、今頃死んでんだろ」
「――ホワイトウルフ! 私の魔力残り半分あげるから、目の前の敵を倒して!」
「ガァオオオオーーーン!!」
レイシアから、大量の魔力を与えられたホワイトウルフは体が一回り大きくなり、青白い光を放つ。
聖銀の眼光でディランを睨み付け、頭に喰らいつく。
「――あッぶねー!」
ディランは紙一重でホワイトウルフの噛みつきを躱し、続く攻撃もギリギリで逃れる。
「クソッ、マジで感覚が鈍ってんな。癪だが直しとくか、感じ取れ……魔力を流れを」
ディランはそう呟くと、剣を鞘にしまい瞼を閉じる。
ホワイトウルフは唸り声をあげ、更に激しく追撃する。
「左斜め上からの噛みつき、回転して尻尾からの宙返りしながらまた尻尾っと」
ディランは魔力の流れを感じ取り、ホワイトウルフの激しい追撃を次々と躱し、徐々に感覚を研ぎ澄ませて行く。
そこに、ジークと戦っているシオンが斬撃をディランに飛ばす。
「――ディラン! 上だ!」
「チッ、邪魔!」
ディランはシオンが足元に飛ばした斬撃を跳んで避け、同時に来たホワイトウルフの噛みつきを弾き返す。
「お、だいぶ戻ってきたな。じゃあ、交代な」
「――は?」
シオンがディランとホワイトウルフの間に入り、両手を広げると両者が同時に吹き飛ぶ。
ジークのもとに飛ばされたディランは、ジークが放つ圧倒的なオーラに即座に剣を抜き、構える。
「死ぬなよ〜、ディラン」
「ッざけんな、マジで。あり得ねーだろ」
「貴様か? 娘を攫った奴は」
「しら――ッ」
ディランの二文字目の言葉を聞いた瞬間にジークは剣を相手の脳天目掛けて振り下ろした。
その時点で、ディランは死を悟った。
振り下ろされてから、動いても時すでに遅しであると……。
【――大突風】
その時、ジークとディランの間に大きな突風が発生して死を悟り力が抜けていたディランはその突風で吹き飛び、九死に一生を得る。
「嘘……だろ。あれだけ剣が使えて、魔術まで、使えるなんて……」
ジークとディランの一部始終を見ていたヴォルフは、今しがた風魔術を発動した黒薔薇の団長シオンを驚愕の目で見つめる。
「流石にキツイか。おい、生きてるか?」
「なん……とかな。でも、鎧が完全に壊れた」
ディランの鎧は縦一直線にぱっくりと斬られていた。
「じゃぁ、お遊びはコレぐらいにして。こっからは本気でやろうか! 【炎の槍】」
シオンは単詠唱を唱え、槍の形を模した炎を幾つも形成し、ジークに向けて一斉に放つ。
「――むッ!」
ジークはその攻撃をもろに食らい、吹き飛ばされる。
「ディラン。アイツは俺が殺しとくから、とっととコイツら始末しとけ」
「了解」
シオンは砦方面に吹き飛んだジークのもとへ向かい、ディランはレイシアのもとへ歩き出す。
ホワイトウルフがレイシアの前に立ち塞がり、攻撃するがその攻撃は軽く躱され瞬く間に切り伏せられる。
「そんな……シーちゃんが」
「まずはテメェから死ね、女」
レイシアにディランの剣が振り下ろされる。
――その時、レイシアの足元からブラックウルフに乗った血だらけノアが現れて、ディランの剣を受け止めた。