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作者: 草上アケミ
残酷な描写あり R-15
黒の聖騎士(3)
 汚れた石畳を踏みつけ、騎士の隊列が騒々しく廃墟のような街並みの間を進んでいた。先頭を白銀の甲冑で武装した重騎兵が駆け、その後ろを二又槍を携えた軽騎兵二人が追従、他は全て歩兵で構成されている。

 重騎兵は並み足で駆けながら、右手に携えた短めの剣で廃屋や細い小路を指し示していく。
 歩兵は示された場所に三人組で入り、中に誰もいないことを確認していった。開かない扉はこじ開けられるか破壊され、侵入者を防ぐ役割は果たせなかった。

 瞬く間に通り中の家屋は騎士に荒らされていったが、非難する住民の声は一切聞こえない。この周辺は遥か昔に打ち捨てられた区画、普通の市民は寄り付かない場所だ。
 彼らに正面から文句を言える人間などいないのだ。


  ぎゃあっ


 何処かの家屋からか悲鳴があがった。廃墟に住み着いていた浮浪者が騎士に見つかり、斬り捨てられたのだ。

 全ての場所を調べ終え、騎士達は通りに整列した。何人かの武器が血に濡れていたが、隊長の重騎兵はそれを咎めることなく出発の合図を出した。
 同じことは別の通りでも繰り返され、その度に断末魔が響き渡った。



 その様子を錆びた金網越しに眺めながら、少女は退屈そうに欠伸をした。
 普通の感覚を持つ女性ならば眼前で行われている騎士の非道な行いに憤りを感じてもおかしくない。しかし、この少女――リンにとっては出来の悪い見世物にしか見えなかった。

「あーあ、何処にいるか分からねぇからって、酷ぇことしやがるなぁ」

 部屋の奥から聞こえた軽薄な調子の声に、リンは眉をひそめた。

「いい加減引っ込んでくれない、うつとうしいのよあんた」

 声が大きくなりすぎないように気をつけながら、刺々しくリンは言った。目線は外の退屈な見世物に向けたままだ。

「おいおい、俺が引っ込んだらそれこそこいつが動けねぇってのに」

 軽いきぬれの音と共に部屋の奥で人影が身を起こした。

 布団代わりの血がこびりついた外套の下から、白いシャツを着た上半身と細い両腕が覗いた。シャツの袖は両方共千切り取られ、黒い布が包帯代わりに巻かれた二の腕があらわになっている。
 二の腕は包帯越しに分かる程筋肉が発達していたが、それでも元来のきゃしゃな骨格が透けて見えた。

 包帯の巻かれていない地肌は薄汚れて尚白く、傷一つない顔は十分に整っていた。さらに、短い頭髪は透き通るような銀にわずかに黒が混ざるという稀な色合いで、高価な白磁の人形のような容姿をしていた。

 しかし、今は生々しすぎる表情に顔を歪めているせいで普段の造りものめいた雰囲気は一切ない。
 そして、そのような表情をしているときはリーフ本人ではなく魔剣ギルスムニルがリーフの身体を動かしている。魔剣の本体はリーフのかかとの下に敷かれていた。

「とか何とか言って、そのままリーフの身体乗っ取る気でしょ。気付いていないとでも思った? 女の勘舐めんじゃないわよ」

 リンはへらへらとしたギルの声を聞けば聞くほど不機嫌になっていった。

「出来るんだったらとっくにやってるっつーの。マジで死んだようにだんまり決め込まれて、俺も困ってんだって」

 リーフギルは腕の怪我に障らない程度に肩をすくめてみせた。リンの疑いを肯定したも同然の答えだったが、全く悪びれていない。
 その言葉で大体の事情を察し、リンはあからさまにリーフギルに敵意を向けた。

「……このままリーフが起きなかったら、その身体ぶち殺すから」

 リンは振り向くと、どすの利いた声で死刑を予告した。目には本物の殺意と軽蔑が宿っている。

「殺しちまうのかよ。好きじゃねぇのか」
「アンタにくれてやるくらいなら葬った方がずーっとまし。ざまぁみろ」
「頼むから早まんじゃねぇぞ、胸さえ動いてりゃそのうち意識取り戻すはずだ」

 リーフギルはリンの嫉妬深さに溜息をついた。

「そのうちっていつよ、いつ」
「長くて十日、多分それよか短ぇな。怪我も大したことねぇし」

 相変わらず軽い調子で返すリーフギルに、リンはぽかんと口を開けた。

「両腕と左足の筋肉ズタズタで大したことないって……」

 リーフとリンが聖都の中枢に潜入してからまだ二日しか経っていない。牢獄に囚われたリーフのかつての仲間を助け出すためだったが、生存者は誰一人としてなく、無駄足に終わってしまった。

 そのときにリーフは巨大なトラバサミのような魔剣に食いつかれて大怪我を負ってしまった。両腕と左足に深く食い込んだ酷い裂傷で、常人なら出血多量で死んでいてもおかしくない規模の傷だった。

 今のところ、傷口は白い結晶に覆われて出血していない。しかし、かえって結晶が邪魔をして傷を手当することもできず、裂かれた肉はそのままのため、剣を握るどころか腕を動かすことさえ困難な状況だとリーフギルは申告した。

「内臓と急所やられてなかったら大怪我のうちには入らねぇよ。腕取れかけるくらいなら安いもんだぜ」

 リーフギルはリンの疑問を鼻で笑った。
 対して、リンの顔は引きつっていた。

「どこの常識よ」
「竜種の常識だバーカ」
「竜種ってなによ」
「あー、そういやこっちのことはあんまり言ってなかったか」

 小馬鹿にしたような態度に、リンの口が段々尖ってきていたが、リーフギルは気づいていないようだった。

「竜種ってのは、神の大雑把な分け方の一つだ。竜種は基本的に身体が丈夫で結晶術が得意、んで結晶術で翼作って空を飛べるのが普通」
「結晶術ってなによ」

「俺が普段使って――最近はあんまり使ってねぇな。リーフが攻撃弾くときに使ってるアレだ。あの白いやつ。後、空飛んだアレもな」

 リンの脳裏に、リーフの背中から生えた白い翼が思い浮かんだ。

「何で脳みそ腐り落ちてる割に詳しいのよ。なに、あんたも元は竜ってオチなわけ?」
「なんで分かったんだよ、つまんねぇな。これだから狼は……とにかく、竜は首とばされなきゃ大抵生き残るから安心しとけ」

「じゃああんたは頭すっとばされたからすっからかんなのね」

 得意げに講釈するリーフギルに対して、リンの口は烏のように尖っていた。
 ギルは唇の左端を釣り上げてにやりとした。

「まぁ、もう一日二日は動かねぇ方がいいな。テメェ、絶対に見つかるんじゃねぇぞー」

 リーフギルは再び身体をごろんと横たえた。程なくして微かな寝息がリンの耳に届いた。

「そんなヘマするわけないじゃん、馬鹿じゃないの」

 リンはかなりむくれた声で呟き、窓の方へと顔を向けた。目は外で見当違いな場所を探している騎士達を見下している。

 全く顔を隠さずに観察しているが、向こうから見つかる心配は一切していなかった。
 高台の、分厚い石壁に開いた窓の奥を見通せるものがいるとするならば、それは鳥くらいなものだろう。

 一通り区画を掃除した騎士隊は、リンが見ていることも知らずに帰投した。
 残されたのは以前よりも静かになった廃墟と鮮血の飛沫だった。

 既に鳥や野良犬が臭いを嗅ぎつけて集まってきている。
 それに少し遅れて、上手く隠れられていた廃墟の住人たちも徐々に顔を覗かせた。

 此処――旧教区は元々聖都の中心街として栄えていた、ということをリーフはリンに語っていた。だが、今となってはすっかり廃れてごろつきやはぐれ者、貧困層の数少ない居場所となってしまっている。
 そのため犯罪の温床となりやすく、定期的に教会騎士のガサ入れが行われていた。

 勿論、住人たちも慣れたもので、古参の者は捕まらないよう避難所を確保している。ガサ入れ時期すら何処かからか仕入れてくる者もいるという。
 ただ、今回行われた突発的な掃除には逃げ遅れた者も多い様で、かなりの血が流されていた。

 騎士が残していった遺体は住民たちによって身包み剥がされた後、共同墓所へと運ばれていった。
 人々を守るべき立場の騎士が弱者を一方的に弾圧し、潰された者は全て奪われて捨てられる。その光景は、敬月教ロエールの総本山であるこの聖都には似つかわしくないものだった。

「うちの国にお株を奪われて、落ちるところまで落ちたもんだわ、ほんと」

 リンの口から正直な感想が滑り落ちた。

 敬月教はモンスターから人類を防衛することを大義として掲げた宗教である。かつてはモンスターの繁殖を抑えるために遠征を行ったり、モンスターの脅威から解放された地域を弱者に与えて産業を生み出していた。

 しかし、現在モンスターと戦い、外地へ積極的にくり出しているのは極西部の国々――中でもリドバルド王国が武力でも規模でも圧倒している。
 敬月教を掲げるギリスアンが行っていることといえば、南方への布教と小麦の生産、辛うじてはぐれモンスターの討伐くらいである。

 勿論、リドバルドで敬月教が流行っている筈もなく、主流の宗教は敬狼会ガルマエラである。敬月教が弱者の救済を詠うのに対して、敬狼会ガルマエラは弱者の価値と集団の強さを説いている。

 リドバルドの貴族出身であるリンから言わせてみれば、敬月教の教義は紙の上でしか価値がない。二百年くらい前までに信仰の厚い南部に拠点を移すべきだったとさえ思っていた。
 敬月教のことを碌に知らない昔でさえそのように思っていたのだから、内情を大体掴んだ今となってはもはや呆れて物も言えないくらいだ。

 ふと、リンは静かに眠っているリーフに視線を戻した。
 胸が僅かに上下していなければ、人形と寸分違わない美貌と雰囲気を宿した彼女は、一向に目覚める様子はなかった。

 食事を摂るときにはギルが無理やり動かしているが、それ以外のときはまさに死んだように眠っていた。

「――ねえ、リーフはさ、どうしてこんな場所で死ぬまで戦いたかったの? 全然意味分かんないよ」

 その問いかけに返される言葉はなく、窓の外では小鳥がピチチ、と鳴いていた。
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